美しい日本語、消えゆく三つの言葉
「黄昏どき」「小春日和」「五月雨」。普段あまり耳にしなくなった言葉のなかに、季節と心の機微がそっと宿っています。
公開日: 2026年8月17日
日々の会話のなかで、いつのまにか使わなくなった言葉があります。テレビでもラジオでも、新聞でも見かけなくなった――けれど、子どもの頃には、お祖父様お祖母様や両親が、ふとしたときに使っていた言葉。それらの多くは、季節のうつろいや、心のひだの細やかさを写しとる、美しい日本語でした。今日は、私たちのまわりから少しずつ消えゆく日本語のなかから、特に味わい深い三つの言葉を、ゆっくりたどってみたいと思います。
「黄昏どき」――一日と夜の境界
「たそがれどき」と読みます。日が沈んだ後、まだ完全に暗くなっていない、空が紫がかったあかね色に染まる、あのほんのひとときを指す言葉です。語源は、人の顔がはっきり見えなくなり、すれ違った相手に「誰そ彼(たそかれ)」――「あなたは誰ですか」と尋ねたくなる頃、というところから来ているとされます。なんとも詩的な由来です。
現代では「夕方」「夕暮れ」とひとくくりに呼ばれてしまう、あの繊細な時間帯に、昔の日本人は特別な名前をつけて愛おしんでいました。一日が終わり、夜が始まる――その境目の、なんとも言えない切なさや、しずかな美しさ。子どもの頃、外で遊んでいて、ふと空を見上げた時のあの感覚を、覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。「もう帰らないとお母さんに叱られる」――そんな焦りとともに見上げた、あのあかね色の空。それが「黄昏どき」の風景です。
今日たどる、消えゆく日本語の三つの言葉をまとめました。
- 黄昏どき(たそがれどき)――日没後のひととき
- 小春日和(こはるびより)――晩秋から初冬の、春のような暖かい日
- 五月雨(さみだれ)――陰暦五月、つまり梅雨の頃の長雨
- それぞれが、季節や心情の機微を映し出す言葉
- 現代の会話でも、ときどき使うと暮らしが豊かになる
「小春日和」――冬のなかの春のような一日
「こはるびより」と読みます。これは少し誤解されやすい言葉で、春の暖かい日のことだと思っている方も多いのですが、本来の意味は逆。陰暦の十月頃――いまでいう十一月から十二月初旬――の、晩秋から初冬にかけて、まるで春のように暖かくおだやかな日のことを指します。「小春」とは陰暦十月の異称で、「春のような」という比喩なのです。
冬支度を始める季節に、ふと訪れる暖かな一日。コートを脱いで散歩したくなるような、空気がやわらかく感じられる日。そんな一日のことを「今日は小春日和ですね」と挨拶のなかで使うと、相手も「本当にそうですね」と微笑んでくれる――そんな美しい使い方ができる言葉です。寒い冬がやってくる前の、季節からのちいさな贈り物のような日々。それを言葉で受け止める感性が、昔の日本人には備わっていました。
「五月雨」――陰暦五月の長雨
「さみだれ」と読みます。「五月の雨」と書くので、五月に降る雨だと思いがちですが、これも陰暦の言葉。陰暦の五月はいまの六月から七月初旬、つまり梅雨の頃にあたります。だらだらと降り続く長雨を指す、なんとも風情ある言い方です。松尾芭蕉の有名な句「五月雨を集めて早し最上川」も、梅雨の増水を詠んだものなのです。
「五月雨式に届く」という表現が、いまも残っているのをご存知でしょうか。物事が一度に届かず、だらだらと続いて届く様子を表す言葉です。これも、五月雨の「降り続く」という性質から来ています。梅雨の鬱陶しい長雨を、ただ嫌がるのではなく、「五月雨」と名づけて受け入れる――そこには、自然と争わず、ともに生きていこうという日本人ならではの心持ちが感じられます。「五月雨もまたよし」と言える境地は、長く生きてきた方ならではの、味わい深いまなざしかもしれません。
美しい日本語が消えていくのは、決して悲しいばかりのことではありません。言葉は時代とともに変わるもの。それでも、ときどきこうしてふりかえり、忘れかけていた言葉を取り戻すひととき――それが、私たち世代だからこそできる、しずかな贈り物のような時間だと思うのです。お孫さんに「昔はね、こういう言葉があったんですよ」と教えてあげる――そんなさりげないひとときから、世代を越えた言葉の橋がかかっていきます。今日の夕方、もし空があかね色に染まったら、心のなかで「ああ、黄昏どきだ」とつぶやいてみる。それだけで、いつもの夕暮れが、すこし豊かな景色に変わって見えるはずです。言葉は、暮らしを彩る、いちばん身近な宝物。これからも大切にしていきたいですね。
言葉を大切にすることは、暮らしを丁寧に味わうことと、どこか通じています。「黄昏どき」「小春日和」「五月雨」――これらの言葉が日常から消えていったのと同じ歩みで、季節の細やかな変化に立ち止まる時間も、少しずつ減ってきたのかもしれません。慌ただしい現代の暮らしのなかで、せめてご自分のなかには、こうした美しい言葉を残しておきたいものです。秋の七草の名前、月ごとの異名(睦月、如月、弥生……)、雨の名前(篠突く雨、霧雨、時雨)――調べてみると、まだまだ宝物のような言葉がたくさんあります。