運動会の朝、お弁当のいちばん上
早起きして詰めてもらったお弁当。いちばん上にのっていた、あのおにぎりを覚えていますか。
公開日: 2026年9月5日
九月の終わりから十月にかけて、近くの小学校から太鼓の音や、子どもたちの歓声が聞こえてくる季節になります。運動会の練習が始まったしるしです。窓を開けて遠く響く太鼓の音を聞いていると、ふと、自分が子どもだった頃の運動会の朝を、思い出される方もいらっしゃるのではないでしょうか。お母さんが早起きして詰めてくれた、あの大きなお弁当箱。いちばん上にのっていた、大きなおにぎりを覚えていらっしゃいますか。
運動会の朝、家じゅうがいつもと違う匂い
運動会の朝は、いつもよりずっと早くに目が覚めたものです。台所から漂ってくるのは、いつもの朝食とは違う、お醤油と海苔と卵焼きの香ばしい匂い。母は、夜のうちから煮物を作り、朝の暗いうちから米を炊いて、卵焼きを焼いて、おにぎりを握っていました。ふだんはあまり料理をしない父も、なぜかこの日だけは台所に立って、果物を切ったり、お茶を入れたりと、いつもとは違う動きをしていたものです。
重箱を出してくる音、保温ジャーに熱いお茶を入れる音、お弁当箱の蓋を閉めるカチっという音――そのすべてが、運動会の朝の合図でした。家じゅうがいつもと違うリズムで動いている。それだけで、子ども心にどきどきと胸が高鳴ったものです。「今日はあの種目で一番になりたい」「あの友達と紅白どっちかな」――そんなことを考えながら、家族みんなで身支度を整えた朝のことを、今もはっきり覚えていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。
運動会の朝、お弁当に入っていた懐かしのおかずをまとめました。
- 大きな三角おにぎり、海苔をぐるりと巻いて
- 甘い卵焼き、お砂糖たっぷりの黄色い断面
- 鶏のから揚げ、衣がカリッと油の香ばしさ
- ウインナーの蛸さん切り、赤い顔がのぞいて
- りんごのうさぎ、ナイフの跡もきれいに
いちばん上にのっていた、特別なおにぎり
お弁当の蓋を開けると、ふわっと立ちのぼる湯気と一緒に、いちばん上に、大きなおにぎりがどんとのっていました。海苔の黒、ご飯の白、ところどころに見える梅干しの赤――その三色の組み合わせが、子どもの目には何よりごちそうに映ったものです。母が朝早くに握ってくれたおにぎりは、お昼にはちょうどよく冷めて、海苔がしっとりとなじんでいて、口に入れるとお米の甘さがじんわり広がってきました。
「中に何が入ってるかな」と、ひとくち目に大事にかぶりついた瞬間――梅干しがゴロンと顔を出したり、おかかが顔を出したり、鮭の身がはみだしてきたり。「あ、今日は鮭だ!」と、それだけで嬉しくなったあの感覚。買ってきたコンビニのおにぎりとは、また違う格別の味がありました。母の手のひらの温度が、まるごとお米にしみ込んでいるような――そんな表現がぴったりくる、ふっくらとした握り具合でした。「お母さん、おにぎりおいしかった」と帰ってから伝えられたかどうか、今になって少し気になる方もいらっしゃるかもしれませんね。
校庭のシートのうえ、家族で囲んだお昼
お弁当の時間になると、応援席に敷いたゴザやレジャーシートのうえに、家族みんなが集まりました。お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、兄弟姉妹――一人っ子の方も、隣のお友達のご家族と一緒になって、にぎやかにお弁当を広げたものです。重箱を開ける時の「わあっ」という声。ご近所さんと、おかずを交換し合ったあの時間。「うちの卵焼きはちょっと甘いのよ」「家のから揚げ、つけてみて」――どこのお家のおかずも、それぞれにおいしくて、心まで温かくなりました。
走り終わって汗だくの体に、冷えた麦茶を一気に流し込んだ瞬間の心地よさ。それから、お弁当箱に手を伸ばして、まずは卵焼きを一口。次にから揚げ、それからおにぎり――順番にも、それぞれの好みがありました。お弁当を食べ終わった頃には、放送から「午後の部、まもなく開始です」のアナウンスが流れて、また子どもたちが校庭に駆け戻っていく。あの一連の流れが、運動会の風景そのものでした。お弁当箱を片付けながら、お母さんは「夕飯は何しようかしら」とつぶやいたりしていて、その姿が、なんだか今でも記憶のなかに鮮明に残っています。
いまの運動会、変わったところと変わらないところ
近頃の運動会は、私たちの時代とはずいぶん様子が変わってきているそうです。半日で終わるところが増え、家族で囲むお弁当の時間がなくなった学校もあるとか。お孫さんに聞くと、「お昼はみんな教室に戻って食べるよ」「給食を食べる学校もあるよ」とおっしゃるかもしれません。共働きのご家庭が増えたこと、暑さの厳しさが増したこと――いろいろな事情を考えれば、それも時代に合った変化なのでしょう。
けれど、変わらないこともたくさんあります。子どもたちが一生懸命走る姿、リレーの最後で逆転する瞬間、家族や応援する人たちの大きな声援――そのすべては、私たちの時代と何ひとつ変わらず、運動会の魅力としていまも生き続けています。お孫さんが運動会に出ていらっしゃるなら、ぜひ応援にお出かけください。観覧席で、お父さんお母さんの代わりに「あら、あの子今のリレー速かったわね」「ピストルの音、お孫ちゃんびっくりしてないかしら」と、世代を超えた応援団になるひととき。それもまた、新しい運動会の楽しみ方なのです。
もし、ご自分が握ってあげたお弁当のことを、お孫さんが大きくなって思い出してくれる日が来たら――それは、あなたが子ども時代に大切にしていた思い出を、また次の世代に受け継いだということです。シンプルなおにぎりや卵焼きでかまいません。心をこめて握ったひと粒、そっと焼いた一切れが、お孫さんの記憶の奥に、いつまでも甘く残り続けていきます。運動会の朝、台所に立つご家族の姿。それは、いつの時代も変わらない、家族の絆の風景なのかもしれません。
お弁当のおにぎりを、もう一度握ってみる
ふと、母が握ってくれたあのおにぎりを、もう一度自分で握ってみたくなりませんか。ご自分の手のひらで、温かいご飯を三角に整える――それだけで、子どもの頃の記憶が指先からよみがえってきます。塩を多めにふって、海苔をパリッと巻く。具は、梅干しでも、おかかでも、塩鮭でも構いません。お一人のお昼ごはんに、おにぎり一つでぐっと豊かな気持ちになるはずです。
ご家族と一緒に食卓を囲める日があれば、ぜひお孫さんに「おばあちゃんの昔のおにぎり」を握ってあげてみてください。コンビニやスーパーで売っている均一のおにぎりとは違う、手のひらの温度や、握り具合の不揃いさ――それこそが「家のおにぎり」の味です。「ちょっと塩が多いかな」と気にしなくて大丈夫。「おばあちゃんが握ってくれた」――その一言が、お孫さんにとっては最高のごちそうになります。母から受け継いだあの味と気持ちを、次の世代へ。それは、何気ないけれど、とても大切な家族の継承の形なのかもしれません。
ふと、運動会の日のことを思い出されたら、ぜひお家族に電話して話してみてください。「あなたの運動会の朝、お母さんはこんなお弁当を作っていたのよ」――そんなお話をすることで、ご自分の記憶もはっきり蘇り、ご家族にも家の歴史が伝わっていきます。秋の運動会シーズン、テレビで子どもたちが走る姿を見るたびに、ご自分の昔の思い出が、ふっと胸の奥から立ち上がってくる――そんな季節を、ぜひ味わってみてください。秋の風と、子どもたちの歓声と、お弁当のお弁当箱を開ける時のときめき。何十年経っても色あせない、心の中の小さな宝物のような風景です。