給食の日、ソフト麺と揚げパン
配膳のときの匂い、おかわりじゃんけん、忘れられない味。教室いっぱいに広がっていたあの賑わいを、思い出してみませんか。
公開日: 2026年10月15日
「きょうの給食、なにかしら」――子どものころ、朝の登校のとき、ふと頭をよぎったあの問いを、覚えていらっしゃいますか。学校生活のなかでも、給食の時間は特別なものでした。一時間目の途中から、調理室のほうから漂ってくる、なんとも言えないあのおいしそうな匂い。三時間目を過ぎるころには、お腹がぐうっと鳴って、四時間目が終わるのが待ち遠しくてたまらない――そんな経験を、多くの方がお持ちでしょう。きょうは、世代によって少しずつちがう、けれどどこか共通している「給食の風景」のお話をします。ソフト麺の袋を、ぎゅっと両手で挟んで麺をほぐした感触。揚げパンの砂糖をつけた指先。コッペパンと脱脂粉乳。記憶の引き出しを、そっと開けてみませんか。
配膳のひととき、教室いっぱいの匂いと音
給食の時間、四時間目の終わりのチャイムが鳴ると、教室は一気に賑やかになりました。給食当番のお当番さんが、白い割烹着と帽子を身につけて、ぴしっとした顔で配膳台のまえに並びます。「お当番、よろしくね」――先生のひと言で、配膳が始まります。お盆に乗せられた銀色のお皿、磁器のお椀、コッペパンの入った大きなかご。それぞれの担当が、決まった順番で、一人ひとりの席まで運んでくれました。
お盆を受け取ったあとは、両手で慎重に運びます。スープがこぼれないように、足元に気をつけて、机のはしっこにそっと置きました。みんなが配膳を終えるまで、椅子に座って静かに待つ――その時間は、子どもながらにすこし緊張する瞬間でもありました。先生の「いただきます」のかけ声で、一斉に手を合わせます。「いただきまーす!」――一日のうちで、教室がいちばん元気な声であふれる時間でした。
給食の時間、思い出すあの場面たちをいくつか挙げてみましょう。
- 白い割烹着の給食当番、頭には三角巾と帽子
- コッペパンを半分にちぎって、マーガリンを塗りこむ
- ソフト麺の袋を、両手でぎゅっと挟んでほぐす
- 脱脂粉乳の独特の風味、好き嫌いが大きく分かれた
- おかわりじゃんけんの「最初はぐー、じゃんけんぽん!」
ソフト麺と揚げパン、忘れられない味の代表
給食の名物といえば、世代によって思い浮かべる料理がちがいますが、ソフト麺と揚げパンは、多くの方の記憶のなかに残っているのではないでしょうか。ソフト麺は、ビニールの袋に入ったうどん風の麺で、ミートソースやカレーソースをかけていただきました。袋に入ったまま、両手でぎゅっと押しつぶして麺をほぐし、お椀のなかにスポッとあけて、そこへソースを注ぐ。あの独特の食べ方は、家ではまずやらないものでしたから、給食ならではの楽しみでした。
揚げパンは、コッペパンを油で揚げて、砂糖やきな粉をまぶしたお菓子のようなパンです。月に一度ほど登場する「ご褒美メニュー」のような存在で、揚げパンの日は朝からみんな浮き浮きしていました。表面はカリッと、中はふんわり。指先に砂糖の粒がついて、それを舐めるのも楽しみのひとつでした。「あ、明日は揚げパンだって」「いいなあ、絶対全部食べる」――そんな会話が、前日の下校時に交わされたものです。
ほかにも、鯨の竜田揚げ、ミルメーク、ココアあげパン、フルーツポンチ、わかめごはん、ソフトめんのカレーソース、冷凍みかん――地域によって、また学校によって、給食の名物は少しずつちがいました。みなさんのなかにも、「あの献立だけは絶対に忘れられない」というものが、ひとつやふたつ、あるのではないでしょうか。それぞれの世代の、それぞれの土地の給食が、その人の体と心の一部を形作ってきたのです。
おかわりじゃんけんと、苦手な日のしずかな攻防
好きなメニューの日には、おかわりじゃんけんが大盛りあがりでした。先生がお皿の残りを掲げると、希望者がさっと手を挙げて、教卓のまわりに集まります。「最初はぐー、じゃんけんぽん!」――勝った子は得意げに、負けた子はちょっとくやしげに、それでも教室いっぱいに笑い声が響きました。揚げパンや、デザートのフルーツ、人気のお肉料理の日は、特にじゃんけんが白熱したものです。
一方で、苦手なメニューの日には、しずかな攻防が繰り広げられていました。脱脂粉乳が苦手だった子、お魚が苦手だった子、お野菜が苦手だった子。当時の給食は「全部食べきる」がよしとされていましたから、お昼休みになっても机のまえで一人がんばっている子の姿も、教室のあちこちで見かけられました。「先生、もう許してよ」「家に帰って食べる」――そんな小さな悲喜こもごもが、給食の時間にはありました。
いまでは、給食の指導も少しずつ変わって、無理に食べきらせるよりも、少しずつ食べる量を増やしていく方向に進んでいるそうです。それぞれの時代に、それぞれのよさと、それぞれの課題があったのでしょう。けれど、苦手なものをがんばって食べきった経験も、給食を通してお友達と一緒にすごした時間も、長い人生のなかで何度も思い出される、大切な記憶になっています。
給食は、戦後の暮らしの記憶でもある
学校給食の歴史をたどってみると、それは私たちの世代の暮らしの歴史そのものでもあります。戦後すぐの時期、子どもたちの栄養不足を補うために始まった給食。脱脂粉乳と、コッペパンと、おかずひとつ――それが基本のかたちでした。お米のごはんが給食に登場するのは、ずいぶんあとになってからのこと。それまでは、パンと牛乳が長く中心でした。
「子どもにとっては、家で食べられない食材を口にできるありがたい時間だった」とおっしゃる方も多くいらっしゃいます。お肉やくだもの、デザートのプリン――家ではめったに食べられなかったものも、給食では月に一度の楽しみとして口にできた。そうした記憶は、戦後の暮らしの大変さと、それを支えてくれた給食という制度への、しずかな感謝の気持ちにもつながります。
いまの時代、お孫さんやひ孫さんの世代は、給食でずいぶん華やかなメニューをいただいているそうです。地域の食材を使った郷土料理の日、世界の料理を紹介する日、お誕生月の子をお祝いするケーキの日――時代とともに、給食もずいぶん変わってきました。ご家族のお食事のときに、「おばあちゃんが子どものころの給食はね」とお話しすると、お孫さんたちも目を丸くして聞いてくれます。給食という共通の話題を通して、世代をこえて笑い合えるひととき――それもまた、長く生きてきた者だからこそ味わえる楽しみのひとつです。
もし今、子どものころに大好きだった給食のメニューを、もう一度食べてみたいと思われたら、最近では「給食メニュー」を再現した本やレシピが、たくさん出版されています。お家のお台所で、ソフト麺風のうどんに、ミートソースをかけてみる。揚げパンを、お菓子作りのつもりで作ってみる。そうやって懐かしい味を、いまのご自分の手でもういちど作ってみるのも、しみじみとした楽しみになるはずです。あの教室のざわめき、おかわりじゃんけんの声、給食当番のお当番さんの白い割烹着――それらすべてが、いまも私たちのなかに、温かく息づいています。給食を通してつながった、たくさんのお友達の顔も、ふと思い出される時間になりますように。「同窓会で会ったときに、給食の話で大笑いした」「あの先生が、いつもおかわりの分まで残しておいてくれた」――そんな小さな物語の数々が、私たちの心の底に、確かに刻まれているのです。