「うちのほう」で違う言葉
同じ意味でも、土地ごとにちがう呼び名があります。なつかしい方言から、いまでも生きている言葉まで集めました。
公開日: 2026年8月7日
ご旅行先で、地元の方が話す言葉が耳に飛び込んできて、ふと立ち止まったことはありませんか。同じ日本語のはずなのに、抑揚も、選ぶ言葉も、なんとなくちがう。「ありがとう」が「だんだん」になったり、「すごく」が「ばり」になったり、「捨てる」が「ほかす」になったり。テレビでは聞かない言葉が、土地に行くと、まだいきいきと生きているのに気づきます。今日は、暮らしのなかにそっと宿り続けている、ふるさとの言葉のお話を、ゆっくりたどってみましょう。
方言は、土地の暮らしから生まれた言葉
方言というと、なんとなく「正しくない言葉」のように思われてしまう時代もありました。学校で標準語を習い、テレビが日本中の家庭に普及するなかで、地方の言葉は次第に「直すべきもの」のように扱われていったのです。けれども、もともと方言は、その土地の気候、産業、人々のつきあい方のなかから自然に生まれた、生きた言葉です。寒さの厳しい土地には、寒さを表す細やかな言葉があり、海辺の土地には、潮の動きを伝える独特の言いまわしがあります。
たとえば、「とても」を意味する言葉ひとつとっても、土地によってさまざまです。関西では「めっちゃ」、九州では「ばり」「ばっちぇ」、東北では「いがった(よかった)」のように動詞ごと変化する地方もあります。北陸の「がんこ(とても)」、四国の「ごっつい(とても)」、沖縄の「でーじ(とても)」――同じ意味を表すのに、これだけ豊かな言いかたが日本のなかにある、というのは、考えてみれば不思議でうれしいことです。
なつかしい方言、いまも生きている言葉
ご自身の親御さんが話していた言葉を、今でもふと口にする方もいらっしゃるでしょう。「お便所(ごへんじょ)」「お風呂(おふろ)」を表す古い言いかたや、台所まわりの道具を呼ぶ独特の呼び方。標準語に置き換えられて消えていくものもあれば、家のなかでひっそりと生き続けているものもあります。
土地ごとの言葉のちがい、思い出される方も多いのではないでしょうか。
- 「ありがとう」――関西の「おおきに」、出雲の「だんだん」、沖縄の「にふぇーでーびる」
- 「疲れた」――関西の「しんどい」、東北の「こわい(疲れた)」、九州の「いっせきい」
- 「捨てる」――関西の「ほかす」、名古屋の「ほかる」、関東の「すてる」
- 「冷たい」――北海道の「しゃっこい」、東北の「しゃっこい・つべたい」
- 「お疲れさま」――職場ごと地方ごとに、その日の終わりの一言は変わる
方言は、ふるさとを心に運ぶ宝もの
若い頃に故郷を離れた方は、いま住んでいる土地の言葉と、生まれ育った土地の言葉と、両方を持っていらっしゃいます。ふだんは標準語に近い言葉で暮らしながらも、ふと電話で故郷の友人と話したとたん、するすると方言が出てくる――そんな経験のある方も多いでしょう。方言というのは、頭で覚えるものではなく、子どもの頃に体に染み込んだものです。だからこそ、何十年経っても、ある瞬間にすっとよみがえるのです。
最近では、方言を見直す動きも各地で広がっています。地元のテレビやラジオで、若い世代の方々が方言を使った番組を作ったり、地域の小学校で方言の授業が行われたり。「失われつつある言葉を、もう一度生きた形で残したい」――そんな思いから、辞典や絵本にまとめる取り組みも進んでいます。ご自身のお住まいの地域でも、図書館に行けば、その土地の方言辞典が一冊あるかもしれません。何気なくページをめくるだけで、子どもの頃に聞いた懐かしい言葉と、思いがけず再会できることもあります。
また、自分が育った土地の方言を、お孫さんやひ孫さんに伝えていくことも、ささやかな贈り物になります。「ばあちゃんは、ありがとうのことを『だんだん』って言ってたんだよ」「じいちゃんの故郷では、お疲れさまを『おだいじに』って言うんだ」――こうしたひとことを、何気ない会話のなかでそっと添えていくと、若い世代もその言葉に親しみを感じてくれることがあります。NHKの朝の連続テレビ小説でも、地方の言葉を題材にした作品が定期的に取り上げられ、放送されるたびに「うちの方でも使う」「懐かしい」という反響が全国から届くそうです。方言は、共通語の対極にあるものではなく、その土地に生きた人々の心の根っこを支える、もうひとつの大切な日本語なのです。
言葉は、人と人のあいだに橋をかけるものです。標準語は、日本中のどこに行っても通じる、橋のような大切な役割を果たしてくれます。それに対して方言は、同じ土地に育った者どうしの心を、ぎゅっと近づけてくれる、すこし狭いけれど、あたたかな橋です。どちらが上か下かではなく、どちらも必要な、別々の橋。お孫さんに「ばあちゃん、それなんて言ったの?」と聞かれたら、ぜひ、その言葉が生まれた土地の話をしてあげてください。あなたが受け継いできたその一言は、土地と家族の歴史を運ぶ、何より豊かな贈り物なのですから。