相続税の基本、まずは「かかるか」を知る
相続税は、すべての方にかかるわけではありません。基本的な考え方と、相談先のあたりをつけておくこと。むずかしい話は専門家に任せ、入り口だけ知っておくお話です。
公開日: 2026年10月23日
「相続税」と聞くだけで、なんだか頭が重くなる――そういう方は、けっして少なくありません。むずかしそうな言葉が並び、税金のお話となれば、損をしてはいけないという気持ちもあいまって、つい先延ばしになってしまう。けれど、相続税というのは、実は「かかる方」と「かからない方」がいて、ほとんどのご家庭ではかからないか、かかってもごく一部、ということもよくあるのです。きょうは、むずかしい計算や手続きの中身に踏み込まず、「うちにはそもそも相続税がかかるのかしら?」という入り口だけを、やさしくお伝えしてまいります。専門家への相談のあたりをつけるための、最初の一歩のお話です。
相続税は、すべての方にかかるわけではありません
まず、いちばん大切なお話から。相続税は、亡くなった方の財産すべてに、一律にかかる税金ではありません。一定の金額(「基礎控除額」と呼ばれます)を超えた財産の部分に対してだけ、税金がかかる仕組みになっています。基礎控除額は、相続人(財産を受け取る方)の人数によって変わります。
二〇二六年現在の一般的な目安として、「三千万円 + 六百万円 × 法定相続人の数」が基礎控除額とされています。たとえば、ご主人が亡くなられて、奥さまとお子さん二人が相続される場合、法定相続人は三人ですから、基礎控除額は「三千万円 + 六百万円 × 三人 = 四千八百万円」。亡くなられた方の財産(預貯金、不動産、株式などすべて)を合計して、この四千八百万円を超えていなければ、原則として相続税はかかりません。超えた分にだけ、税金がかかるという仕組みです。
国税庁の統計によりますと、相続税が実際にかかるのは、亡くなられた方全体の一割弱ほどとされています。つまり、十人のうち九人は、相続税の心配をしなくてよいわけです。とはいえ、「うちは大丈夫」と思っていたら、ご自宅の評価額が思いのほか高くて、いざ計算してみたらかかった――というケースもあります。だからこそ、「自分の家はどうかな?」と、ざっくりでも知っておくことが大切なのです。
おおまかな財産の把握、ノート一冊から
相続税がかかるかどうかを知る第一歩は、「いま、どんな財産が、どれくらいあるのか」を、ご自分でだいたい把握しておくことです。むずかしい計算は要りません。ノートを一冊用意して、ゆっくりと書き出してみましょう。
- 預貯金――銀行・郵便局の通帳、定期預金の残高
- 不動産――ご自宅、土地、お持ちの貸し家など
- 有価証券――株式、投資信託、国債など
- 生命保険――死亡保険金の額、契約者・受取人
- その他――退職金、ゴルフ会員権、貴金属、書画骨董など
預貯金は通帳の残高をそのまま書けばよいので、いちばんわかりやすい項目です。問題は不動産で、これはご自宅の購入価格ではなく、「相続税の評価額」という別の基準で計算されます。土地の場合は「路線価」、建物の場合は「固定資産税評価額」を目安にすることが多く、毎年春に届く固定資産税の納税通知書を見ると、おおよその目安がつかめます。むずかしい場合は、お住まいの市区町村の税務窓口でお尋ねになるか、税理士さんに相談されると安心です。
生命保険についても、相続税の計算では特別な扱いがあります。死亡保険金には「五百万円 × 法定相続人の数」の非課税枠が設けられていて、その分は相続税の対象から外せます。たとえば法定相続人が三人なら、千五百万円までは非課税。だから、生命保険を上手に活用される方もいらっしゃいます。詳しいことは、保険会社や税理士さんに尋ねるとよいでしょう。
「うちはたぶん大丈夫」のあと、何をしておくか
ノートに書き出してみて、財産の合計が基礎控除額より明らかに少なければ、相続税の心配はまずありません。それでも、ご家族のために、いくつか整えておくとよいことがあります。なぜなら、相続税がかからなくても、「誰が何を引き継ぐか」「どこに何があるのか」を整理しておかないと、残されたご家族が困ることになるからです。
まずは、通帳・印鑑・権利証・保険証券などの保管場所を、ご家族にひと言伝えておきましょう。「玄関の押し入れの茶色い箱に入れているからね」と、口頭でも構いません。さらに進めて、エンディングノートに書いておくと、もっと安心です。年に一度でいいので、内容を見直して、変わったところを書き直す――そんな習慣が、ご家族の負担を大きく減らしてくれます。
もし財産の合計が基礎控除額に近かったり、超えていそうな場合は、お元気なうちに一度、税理士さんや税務署の相談窓口に話を聞いておくのが安心です。最近は、無料の初回相談に応じてくれる税理士さんも増えていますし、地域の税務署では税理士による無料相談会を定期的に開いているところもあります。「いまはまだ相談する段階じゃない」と思わずに、一時間ほどお話を聞くだけでも、不安はぐっと減ります。
ひとりで抱え込まず、相談先のあたりをつけておく
相続税のお話で、いちばん大切な心がけは、「むずかしい計算は専門家に任せる」と決めておくことです。相続税は、土地の評価ひとつ取っても、特例や減額措置がいくつもあり、ご自分で計算するのはなかなか大変です。間違えると損をすることもありますし、逆に税務署から指摘を受けることもあります。プロに任せる――そのほうが、結果的にずっと安心で、しかも費用以上の節税につながることもあります。
相談先のあたりをつけておくには、お元気なうちが一番です。亡くなったあとに、ご家族があわてて税理士さんを探すのは大変なことです。地域に長く事務所を構えている税理士さん、銀行が紹介してくれる相続に強い税理士さん、行政書士さんや弁護士さんとの連携がしっかりしている事務所――いくつか候補を知っておくだけで、いざという時の心強さが違います。お住まいの市区町村でも、無料相談会の情報がホームページや広報誌に載っていることが多いので、確認してみてください。
相続税のお話は、お金のことだけれど、本当はご家族のことなのです。誰に何を残したいか、どんなふうに引き継いでほしいか――そのお気持ちを整理する時間でもあります。むずかしい計算はプロにお任せして、私たちは「気持ちの整理」と「家族との対話」を大切に。お盆や年末年始に、ご家族が集まる機会があれば、お酒の席のひと言からでも、「いつかは相続のことも、ちょっと考えなくちゃね」と話題にしてみる。そんなさりげない会話が、何よりの備えになります。長く生きてきたみなさんが、残されるご家族のために、自分の手で道筋を整えておく――それは、最後の、いちばん大きな愛情のかたちなのかもしれません。きっと、お子さんやお孫さんは、その気持ちを長く覚えていらっしゃることでしょう。今日のノート一冊が、いつかご家族の負担をやさしく軽くしてくれる――そう信じて、まずは小さな一歩から始めてみませんか。書き出すと決めた日に、お気に入りの万年筆や、お孫さんからいただいたボールペンを使ってみるのも、よい工夫です。お気に入りの道具で書くと、つい先延ばしになりがちな作業も、不思議と楽しい時間に変わってまいります。お茶を一杯入れて、ゆっくり半時間――それだけのひととき。何度かに分けて少しずつ書き継ぐので構いません。ご自分のペースで、ゆるやかに整えていく――それが、これからのご家族の安心へとつながる、たしかな道筋なのです。