七十二候、季節を七十二に分ける感性
二十四節気をさらに細かく分けた七十二候。五日ごとに名前があり、日本人の自然へのまなざしが感じられる暦のお話です。
公開日: 2026年6月17日
立春、雨水、啓蟄、春分――こうした二十四節気の言葉は、ニュースや天気予報でも耳にする機会があります。ですが、それをさらに細かく、五日ごとに名前をつけた暦があるのをご存知でしょうか。その名前を「七十二候(しちじゅうにこう)」といいます。一年を七十二に分けて、それぞれの五日間に「桃始笑(ももはじめてさく)」「蛍始飛(ほたるはじめてとぶ)」と、まるで歌の一節のような名前をつけてあるのです。
七十二候という、もうひとつの暦
七十二候は、二十四節気の各節気をさらに三つに分けたものです。一節気が約十五日ですから、それを三つに分けると五日ずつ。「初候」「次候」「末候」と呼ばれます。たとえば、立春(二月四日ごろ)の三候は「東風解凍(はるかぜこおりをとく)」「黄鶯睍睆(うぐいすなく)」「魚上氷(うおこおりをいずる)」。たった五日のあいだに、目に映る景色や生きものの動きが、ひとつずつ名前になっているのです。
もとは古代中国から伝わったものですが、日本では江戸時代の渋川春海(しぶかわはるみ)らによって、日本の気候に合うようにあらためられました。だから、日本の七十二候には、日本の風土でなじみの深い動植物が登場します。梅、桃、つばめ、ほたる、雷――そのひとつひとつが、五日間という短い時間のなかに、季節のうつろいをやさしく刻んでくれます。
七十二候の名前には、こんなに繊細な情景が読み取れます。
- 「東風解凍」春の風が、凍りついた大地をやさしく解かしていく
- 「桃始笑」桃のつぼみが、花開くのを「笑う」と表現する
- 「蛙始鳴」かえるが冬眠から覚めて、田んぼで鳴き始める
- 「蓮始開」夏の池に、蓮のつぼみが開きはじめる
- 「鶺鴒鳴」秋風が立つ頃、せきれいの澄んだ鳴き声が響く
- 「閉塞成冬」空が閉ざされたように冬らしくなる
わずか五日のあいだの自然の変化に、これだけ細やかな目を注いだ感性は、日本ならではのものです。
五日ごとの暮らしを、味わってみる
七十二候のいいところは、季節を「ざっくり春」「ざっくり夏」と大づかみにとらえるのではなく、五日ごとに細やかに味わえるところです。「桜が咲いた」と言うのではなく、「ああ、いまは桜始開のころね」と思う。「梅雨に入ったわね」と言うのではなく、「半夏生のころだから、農作業もひと段落ね」と思う。
気にしすぎる必要はありません。ご自分の暮らしのなかで、ひとつかふたつ、好きな候(こう)を見つけて、その時期になったら少し意識する。それくらいの軽さで、じゅうぶん七十二候の世界を楽しめます。
たとえば、初夏の「蛙始鳴(かえるはじめてなく)」の頃には、近所の田んぼに耳を澄ませてみる。「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」の頃には、川辺をそっと歩いてみる。「鶺鴒鳴(せきれいなく)」の頃には、お庭の小さな鳥に目を向けてみる――そんなふうに、暦をきっかけに自然と向き合う時間が増えると、毎日の散歩や台所仕事の景色まで、ふしぎと色濃く感じられるようになります。
七十二候カレンダー、暮らしのなかに
最近では、七十二候をテーマにしたカレンダーや手帳、絵本などがたくさん出版されています。お孫さんへのお土産にも喜ばれることがあり、書店や雑貨店で見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。一日一ページ、その日の候の意味と、季節の景色が描かれているもの。ページをめくるだけで、季節の流れを感じられます。
また、お料理や食卓の楽しみにも、七十二候は寄り添ってくれます。「初鰹」「梅の実」「松茸」「冬瓜」――その候の旬の食材を、お夕飯にひと品取り入れてみる。お惣菜屋さんで「今日は初鰹のたたき」と書かれていたら、「ああ、今日は牡丹華(ぼたんはなさく)の頃だから、もう初夏なのね」と感じる。台所のなかでも、暦のうつろいが小さく息づいています。
- 七十二候カレンダーや日めくりを、台所や玄関に
- 旬の食材を、ひと品ずつ食卓に
- 近所の自然の変化を、毎日少しずつ観察
- 好きな候をひとつ決めて、その日を待つ楽しみに
- お孫さんに「いまは何の候か」を伝えるきっかけにも
七十二候は、決して堅苦しいものではありません。むしろ、暮らしのなかにふと寄り添う、しずかな道しるべのような存在です。
一年を七十二に分けて、五日ごとに季節のうつろいを刻む――そんな繊細な暦をもつ国は、世界でも珍しいのかもしれません。日本の自然の豊かさと、それを見つめてきた日本人の感性が、七十二候という形で千年以上も受け継がれてきました。これからの一年、ぜひ少しずつ七十二候の名前に親しんでみてください。「いまはどの候だろう」と暦を開く一瞬が、ご自身の暮らしを、しずかに豊かにしてくれます。
そして、もしご自身でも好きな景色や生きものを見つけたら、ご自身だけの「ひとり七十二候」をつけてみるのも、おもしろい遊びです。「冷蔵庫に夏野菜が並ぶ頃」「ベランダの朝顔が、はじめて咲いた朝」「お孫さんが半袖になった日」――そんな身近な変化を、暦のように記しておく。それが、これからのあなたの一年を、しずかに彩る小さな楽しみになるはずです。