ラジオ体操の朝、はんこをもらった日
首にかけた紙のカード、判子をひとつ押してもらうあの瞬間。早起きが少しだけ楽しみだった、夏の朝の記憶です。
公開日: 2026年7月27日
夏休みの朝、まだ眠い目をこすりながら、首から下げた紙のカードをぎゅっと握って公園に走った――そんな子どもの頃の記憶を、ふっと思い出される方もいらっしゃるかと思います。地域の世話役のおじさんやおばさんが、ラジオの音に合わせて先頭で動き、最後にひとつずつ判子を押してくれた、あの夏の朝のひととき。今日は、ラジオ体操とともに過ごした子どもの頃の記憶を、ゆっくりたどってみる時間にしたいと思います。
草むらと、ラジオの音と、寝ぼけまなこ
ラジオ体操の集合場所は、近所の小さな公園や、神社の境内、空き地のかたすみ。寝ぼけまなこのまま走ってきた子どもたちが、まだ涼しい朝の空気のなか、ぱらぱらと集まってきたものです。お決まりのオープニングの音楽が流れ始めると、なんとなく全員が前を向いて、ぎこちなく体操が始まる――。あの小さな儀式のような時間は、夏休みの一日を律儀に始めるリズムでもありました。
いちばんの楽しみは、終わったあとに首から下げたカードに、ぽんと押してもらえる赤い判子。一日でも休むと、カードに空白ができてしまうのが、なんだか悔しかったものです。皆勤賞の鉛筆や、お菓子の詰め合わせをもらえた日のうれしさは、何十年たっても忘れられない方が多いのではないでしょうか。
あの頃のラジオ体操の朝に、たしかにあった風景をいくつか思い出してみました。
- 早起きしてもう一度ねむい目をこする縁側のあくび
- まだ朝露の残る草の上を歩く、はだしのひんやり
- 公園のすみで、寝起きの友だちと交わす小さな挨拶
- 「腕を前から上に上げて」の声に半分目が覚める瞬間
- 判子をもらった後の、なんとも誇らしい気持ち
体操のあと、もう一日が始まっていた
体操が終わると、子どもたちはそのまま公園の片すみで、しばらく遊んで帰るのが定番でした。鉄棒にぶら下がり、すべり台を駆け上がり、誰かが「セミの抜けがら見つけた」と叫べばそこに人だかりができる――。ラジオ体操の三十分は、それ自体が夏休みの一日のはじまりの儀式だったのです。
家に戻ると、台所からはお味噌汁の香りがしていました。ごはんと冷たい麦茶と、夜のうちに作っておいた漬物。母が「ちゃんと体操してきた?」と聞いてきて、首からさげたカードを誇らしげに見せたあの朝食の場面――。ラジオ体操の思い出は、いつも夏の朝の食卓の風景とともに、心の奥に残っています。
いまも続く、夏の朝のラジオ体操
ラジオ体操は、一九二八年(昭和三年)に始まった日本独自の習慣だといわれています。一時はラジオ放送が止まった時期もありましたが、戦後すぐに再開され、現在まで途切れることなく続いているのは、世界でも珍しいことなのだとか。いまでも夏休みになると、町内会や子ども会で続けている地域は少なくありません。
あの「ラジオ体操の歌」――「あたらしい朝が来た 希望の朝だ よろこびに胸をひらけ 大空あおげ」という歌詞を、今でもそらで歌える方は多いのではないでしょうか。作詞は藤浦洸さん、作曲は藤山一郎さん。戦後の日本人にとって、新しい一日のはじまりを告げる、希望の歌として広がっていきました。歌詞を改めて読み返してみると、昭和の朝の気持ちのよさが、いまも変わらずそこにある気がします。
もう一度、ラジオ体操をやってみる
シニアの方にとって、ラジオ体操の動きは、実はからだにとてもよい運動になることをご存じでしょうか。十三の動きが、肩、腰、背中、足のすみずみまでをほぐすように設計されており、たった三分ちょっとで全身がじんわり温まります。テレビでは平日朝六時二十五分から、NHKの「テレビ体操」として放送されています。スマホアプリで再生することもできますから、夏の朝、もう一度懐かしの音楽に合わせて体を動かしてみるのもいいですね。
ラジオ体操第一は、座ったままできる方法もあります。膝や腰に不安のある方は、椅子に腰かけながら、上半身だけ動かすだけでも、立派な健康習慣です。「子どもの頃やっていたあの体操を、また毎朝やる」――それだけで、なんだか時間が一周めぐったような、不思議とすがすがしい気分になります。お孫さんが夏休みに泊まりに来た朝、ご一緒にやってみる――そんなひとときが、世代をつなぐ新しい思い出になります。
あの首からさげた紙のカードと、赤い判子の感触は、いまもふっと思い出すと胸があたたかくなります。早起きが嫌だったはずなのに、何十年たってみると、それが何ものにも代えがたい夏の宝物だったとわかる――。お孫さんに「むかしね、ラジオ体操って毎日やっててね」と話してさしあげるだけでも、世代を越えた小さな宝箱がひとつ、また開きます。今年の夏、もし近所でラジオ体操の音が聞こえてきたら、窓を開けてあの頃の自分にそっと挨拶してみるのもいいですね。子どもの頃のあの「私」が、今もきっとどこかで、変わらず手を振ってくれているはずです。夏という季節は、なんと豊かに思い出を呼び覚ましてくれるのでしょう。