親を見送ったあとに残るもの
介護や看取りの経験は、終わってからゆっくり心に届くことがあります。自分をいたわる時間の大切さについて。
公開日: 2026年6月29日
長く付き添った親御さんを見送られたあと、ある日ふと気づくと、何もする気が起こらない自分に戸惑う――そんな経験をされた方は、決して少なくありません。葬儀やお片づけに追われていた日々から少し落ち着いたころ、波のように悲しみが押し寄せてきたり、急に何も手につかなくなったり。「あれだけ長くお別れの準備をしてきたのに、なぜいまになって?」と、ご自分の心に驚かれることもあるでしょう。今日は、親を見送ったあとに残るものについて、ゆっくりお話しします。
「終わってから」やってくる心の波
介護や看取りの真っ最中は、目の前のことに追われて、自分の気持ちを感じる暇がありません。お薬の時間、ご飯のしたく、病院への付き添い、夜中の見守り――一日が二十四時間では足りない日々のなかで、「自分はだいじょうぶ」と頑張ってきた方ほど、お別れのあとに、思いがけない心の波がやってきます。
それは、悲しみだけではありません。「あのときああしていればよかった」という後悔、「もっとできることがあったのではないか」という自責、「ようやく自分の時間ができた」という安堵と、その安堵を感じた自分への罪悪感――。さまざまな感情がいっぺんに、しかも順序なくやってきます。これを「グリーフ」と呼ぶこともあり、決して特別な反応ではなく、誰にでも起こりうる自然な心の動きなのです。
ご自身に起こりうる変化を、いくつか書き出しておきます。
- 何もする気が起こらない、布団から出られない日がある
- 急に涙があふれて止まらないことがある
- 親の好きだった食べものを見るだけで動けなくなる
- 夜中に目が覚めて、眠りにつけない夜が続く
- 周りの人と会うのがおっくうに感じる
- 罪悪感や自責の念が繰り返しよみがえる
これらは、心が「ちゃんと悲しんでいる」しるしです。我慢する必要も、急いで治す必要もありません。
「もう一人の介護」――自分への手当て
親の介護を終えた方によくお話しするのが、「これからは、もう一人の介護が始まります。それは、自分自身への介護です」ということ。長い介護や看取りで、心も体もたくさんのものを使ってきました。その自分を、これからはご自分の手で、ゆっくりいたわっていく時間が必要です。
とはいえ、急に何かを始めなくてかまいません。むしろ、しばらくは「何もしない」ことを自分に許してあげてください。お庭の手入れを後回しにする、人付き合いをひと月だけお休みする、外食やお惣菜で済ませる日を作る――。「ちゃんとしなきゃ」と自分を急かさず、できることだけをゆっくりと。
一方で、孤立してしまわないことも大切です。お子さんやごきょうだい、長年の友人に、「ちょっと話を聞いてもらえる?」と連絡してみる。お寺さんや教会の集まり、自治体や民間のグリーフケアのグループなど、同じ経験をされた方々が集う場所もあります。「人前で泣いてもいい場所」を一つ持っておくと、ご自分の心が思いがけず楽になることがあります。
お別れではなく、形を変えて残るもの
親を見送ったあと、しばらくして気づくのは、その存在が消えてしまうわけではない、ということです。台所で母の手順を真似してお味噌汁をつくっているとき、ふと「ああ、いまの手つき、母にそっくりだわ」と気づく。お庭の手入れをしながら「父ならこの枝、もう少し切るだろうな」と頭に浮かぶ。物理的にはいなくても、心のなかには変わらず生き続けている――そんな実感が、少しずつ訪れます。
ですから、急いで「お別れ」を完了させようとしなくてだいじょうぶです。一周忌、三回忌と、節目の法要を重ねるごとに、ご自分のなかの「親」のかたちは、少しずつ変わっていきます。最初は涙が止まらなかった話題が、いつしか笑い話になる日が来ます。それは、忘れたのではなく、悲しみが少しずつ形を変えて、ご自分の一部になっていくしるしです。
また、親から受け継いだものは、思いがけないところに残っています。お料理の味付け、家事の段取り、人付き合いの仕方、ものを大切にする心。「お母さんから教わったわけじゃないのに、いつのまにかそうしていた」――そんな小さなことの一つひとつが、親が残してくれた贈りものです。
- 急いで「お別れ」を完了させなくてよい
- 節目の法要が、心の整理のきっかけになる
- 親の手順や言葉が、暮らしの中に残っていく
- 「お母さん、見てる?」と心の中で話しかけてもよい
- アルバムや遺品の整理は、無理せずゆっくり
親を見送るという経験は、いつかは誰もが通る道です。けれど、その重さや深さは、誰にとっても初めてのもので、想像とは違うかたちでやってきます。だからこそ、ご自身の心の動きを、責めずに、急がずに、ゆっくりと受けとめてあげてください。「もう半年たつのに、まだ立ち直れていない」――そんな比べ方は、ご自分にとってやさしくありません。心の時間は、人によって、まったく違っていてよいのです。
もし、つらい気持ちが長く続いたり、日常生活に支障が出てきたりしたら、ためらわず専門の窓口や、かかりつけのお医者さんにご相談ください。「これくらいで相談していいのかしら」と思わなくてだいじょうぶ。話を聞いてくれる人がいる、相談できる場所がある――その一歩を踏み出すだけで、心の重みが少し軽くなることがあります。長年お世話をしてきたご自身を、これからもどうかいたわってあげてください。