物忘れと「年のせい」のあいだ
名前がすぐに出てこない…誰にでもあることですが、心配な物忘れとの違いを、やさしくお伝えします。
公開日: 2026年7月3日
あれ、あの人の名前、なんだったかしら――。会いたかった俳優の名前が、口元まで出かかっているのに、どうしても思い出せない。眼鏡を探していたら、頭の上にちょこんとのっていた。冷蔵庫を開けて、何を取ろうとしたか忘れてしまった。こうした「物忘れ」、年を重ねると、誰もが少しずつ経験します。けれど、「これって、もしかして…」と心配になってしまうのも、また自然なお気持ちです。今日は、心配いらない物忘れと、お医者さんに相談したい物忘れの違いを、できるだけやさしくお伝えしてみます。
「忘れた」と「思い出せない」のちがい
実は、物忘れには大きく二つの種類があります。「思い出せない物忘れ」と「忘れたこと自体を覚えていない物忘れ」です。たとえば、お昼に何を食べたか、ちょっと考えれば「ああ、お蕎麦だった」と思い出せる――これは前者で、年齢とともに誰にでもおこる、ごく自然な物忘れです。
一方で、お昼ごはんを食べたこと自体を忘れてしまっていたり、「お昼ごはんはまだ?」と何度もたずねるようなときは、少し意味あいが変わってきます。食事をしたという「体験そのもの」が記憶から抜けてしまうのは、加齢による物忘れとは別の道すじをたどる可能性があります。
もう一つの目安は、「困っているかどうか」です。誰かの名前がすぐに出てこなくても、暮らしに困らないなら、たいてい心配いりません。けれども、約束の場所がわからなくなったり、慣れた道で迷ったり、お料理の手順がわからなくなったり――そうした「暮らしの困りごと」が増えてきたら、いちど専門のお医者さんに相談する目安と思ってください。
覚えておきたい、相談する目安
「年のせい」と決めつけずに、お医者さんに相談したほうがよい目安をいくつかお伝えします。ご自身でチェックしても、ご家族と一緒に確認しても、どちらでも構いません。
- 同じ話を、何度も繰り返してしまう
- 数日前にあった出来事を、まったく覚えていない
- 慣れた道で迷ったり、目的地を忘れたりする
- お金の管理(支払い・つり銭)に困るようになった
- お料理や家事の手順が、わからなくなる時がある
- 気分の落ち込みや怒りっぽさが、急にひどくなった
これらが当てはまるからといって、すぐに認知症というわけではありません。睡眠不足、うつ症状、お薬の副作用、甲状腺の不調――こうしたほかの原因で物忘れがひどくなることも、決して珍しくないからです。だからこそ、自分で抱え込まず、専門の窓口で相談する意味があります。
「もの忘れ外来」、行ってみるという選択
最近は、各地の病院に「もの忘れ外来」が増えてきました。脳神経内科や精神科で、物忘れの状態をていねいに調べてくれる窓口です。お住まいの地域にあるかどうかは、お住まいの市区町村の「地域包括支援センター」に問い合わせると、すぐに教えていただけます。
お医者さんを訪ねるときは、ひとりよりも、ご家族や信頼できる方とご一緒にどうぞ。ご本人が気づかない「最近の変化」を、傍で見ているご家族のほうがよく覚えていらっしゃることが多いからです。診察では、簡単な問診や、図形を描いていただいたり、最近のことを質問されたり――そうしたかたちで様子を確かめてもらいます。決して怖いものではありません。
そして、たとえ物忘れの原因が特定されたとしても、いまは早い段階から受けられる支援や治療がずいぶん整ってきました。お薬で進行をゆるやかにしたり、ご家族と一緒に「これからどう過ごしたいか」を考えたり――早めに知っておくことで、できることが広がります。「年のせいだから」と気にしすぎず、また見て見ぬふりもせず、ちょうどよい距離で自分の体と向きあえるといいですね。お気になる方は、まず「地域包括支援センター」に電話一本、と覚えておいてください。匿名でのご相談も受け付けてくれますので、安心して話しはじめられます。ひとつの電話が、心をかるくする入り口になることもあります。
そして、日々の暮らしのなかでできる予防も、いくつかあります。じゅうぶんな睡眠、適度な体操、塩分を控えめにしたバランスのよい食事、人とのおしゃべり――こうしたごく当たり前のことが、実は脳をいきいきさせる何よりの薬になります。とくに、人とお話しすることは大切で、お一人暮らしの方でも、月に何度か地域の集まりに顔を出すだけで、ずいぶん刺激が変わってきます。
「物忘れが心配」とお感じになったとき、いちばん大切なのは、一人で抱え込まないことです。ご家族にひとこと話してみる、お友達と笑い話のように打ち明けてみる――そんな小さな一歩から、心がふっと軽くなる場面はたくさんあります。年を重ねれば、誰だって覚える力は少しずつ変わっていくものです。それを「悪いこと」と決めつけず、上手につきあいながら、これからの日々を穏やかにお過ごしいただけたらと願っています。何かわからないことがあれば、お近くの市区町村役所の高齢者福祉窓口にお気軽にお問い合わせになってみてください。