減塩、いきなり半分にしなくていい
しょうゆ皿を小さくする、汁を半分残す。我慢ではなく、ちょっとした置き換えで続く減塩のはじめ方をお伝えします。
公開日: 2026年10月21日
健康診断のあとに「塩分をひかえましょう」とお医者さんに言われて、ぐっと胸が重くなった経験はありませんか。長年親しんできた味付けを変えるというのは、頭ではわかっていても、なかなか難しいものです。お味噌汁、おしんこ、おしょうゆ――どれも日本人の食卓にとってかけがえのないものですから、それをいきなり「半分にしましょう」と言われても、お料理の楽しみまで奪われたような気がして、つい先延ばしになってしまう。それは決して、みなさんの意志が弱いからではありません。減塩というのは、我慢でやるものではなく、「ちょっとした置き換え」を積み重ねていくものなのです。きょうは、無理せず長く続けられる、減塩の入り口のお話をいたします。
どうして塩分をひかえるとよいの?
塩分を多くとり続けると、血圧が高くなりやすいということは、よく知られています。血圧が高い状態が長く続くと、血管に少しずつ負担がかかり、脳や心臓にも影響が出ることがあるとされています。日本人は世界のなかでも塩分をとる量が多めの民族で、平均すると一日あたり十グラム前後といわれます。厚生労働省が目安としているのは、男性で一日七・五グラム未満、女性で六・五グラム未満。さらに高血圧の方は六グラム未満が推奨されています。
とはいえ、グラム数で言われても、なかなか実感がわかないものです。お味噌汁一杯にはおおむね一・五から二グラム、塩鮭ひと切れには二から三グラム、梅干しひとつにも一から二グラム――こうして並べてみると、ふつうに暮らしているだけで、知らないうちに塩分はたまっていくのだとおわかりいただけるでしょう。けれど、これを「全部やめなさい」と言うのは、お食事の楽しみそのものを失わせてしまうことになります。だからこそ、「半分にする」ではなく、「ちょっと置き換える」「ちょっと残す」という、ゆるい工夫から始めるのが現実的なのです。
今日からできる、五つの小さな置き換え
減塩でもっとも続けやすいのは、お料理のしかたを大きく変えるのではなく、「いつもの食卓のなかで、ほんの一手間を変える」ことです。たとえばこんな工夫があります。むずかしいレシピを覚える必要はなく、明日の朝ごはんから取り入れられるものばかりです。
- しょうゆ皿は小さなものに替える――かける量がおのずと減ります
- お味噌汁の汁を、お椀の半分だけ残す習慣に
- 塩鮭は、薄塩のものを選ぶか、半分だけ食べてもう半分は明日へ
- おしんこは小皿で出す――大皿で出すと、無意識に箸が伸びがちです
- 麺類の汁は飲み干さず、半分ほど残す
これらは、お料理そのものを変えなくてもできる、いちばんやさしい入り口です。「半分残す」と決めるだけで、塩分は半分になります。最初の数日は物足りなく感じるかもしれませんが、不思議なもので、一週間も続ければ、舌のほうがその塩加減に慣れてきます。お料理の腕を変えるのではなく、「いつもの量を、ちょっと減らす」――それだけで、立派な減塩なのです。
だしと酸味、辛味で味を立てる
もうひとつの大きなコツは、「塩を減らした分、別の味で食卓を立てる」ことです。お料理から塩分だけを抜くと、たしかに味気なくなります。けれど、ほかの味がしっかりしていれば、塩が控えめでも、お料理は満足できるものになります。
おすすめのひとつめは、「だしをしっかりとる」こと。かつおと昆布の合わせだし、煮干しのだし、椎茸のだし――どれも塩分はゼロなのに、お料理のうま味をぐっと深くしてくれます。市販のだしの素を使う場合は、減塩タイプを選ぶか、規定の量より少し薄めに使うのもよいでしょう。お味噌汁を作るときに、お味噌の量を少し減らして、そのぶんだしを濃いめにとる――それだけで、塩分は減るのに、満足感は変わりません。
ふたつめは、「酸味と辛味」を上手に使うこと。お酢、レモン、ゆず、すだち――酸味のあるものは、お料理に深みを与えてくれます。お刺身におしょうゆをたっぷりではなく、おしょうゆを半分、すだちをきゅっと絞って。焼き魚に塩を強くではなく、レモンをひと切れ。冷ややっこにおしょうゆを垂らすのではなく、ぽん酢を少しだけ。それから、生姜、わさび、からし、こしょう、唐辛子といった辛味も、塩分なしで味を引き立てる強い味方です。少しだけ「ピリッ」とするものを足すと、それだけで満足感が変わってきます。
加工食品との上手なつきあい方
意外と見落としがちなのが、ハム、ソーセージ、ちくわ、かまぼこ、漬物、佃煮、めんつゆ、ドレッシング――こういった加工食品に含まれる「見えない塩分」です。とくに、お一人暮らしや、お料理がおっくうな日に頼りがちな調理済みのお惣菜やお弁当には、おどろくほどの塩分が含まれていることがあります。
全部やめましょう、というのではありません。これも「ちょっとした選び方」で十分です。スーパーで買うときに、商品の裏側の栄養表示をちらりと見てみる。同じ商品でも「食塩相当量」が少ないものを選ぶ。減塩タイプのおしょうゆやお味噌が増えてきていますから、ふだんのものを「減塩」に置き換えるだけでも、知らないうちに摂取量はぐっと変わります。レシピを変えるのではなく、調味料を変える――これは、台所での負担も少なく、長続きしやすい工夫です。
もうひとつ、お外でお食事をされる時の小さな心がけ。ラーメンやおうどんの汁、お蕎麦のつゆを、最後まで飲み干さない。お寿司におしょうゆを「ネタにつける」のではなく、「ネタの端に少しだけつける」。定食のおつけものは、半分だけ残す。これも我慢ではなく、習慣として身についてしまえば、ぜんぜん苦になりません。
減塩は、一週間でうまくいくものではありません。けれど、半年、一年と続けていくと、不思議なことに、それまで「ふつう」と感じていた味付けが「ちょっとしょっぱい」と感じられるようになってきます。舌はとても賢く、その時その時の味付けに合わせて、感覚を変えてくれるのです。長年親しんだ味を、まるごと変える必要はありません。ご家族と一緒に「今日はお味噌をひと匙だけ減らしてみようか」――そんなさりげない会話から、ゆっくり始めてまいりましょう。きっと、ひと月もすれば、お体も少しずつ軽くなる感覚に気づかれるはずです。お孫さんの代まで、お元気でいらっしゃるために、今日のお味噌汁をひとくち、お椀のなかに残してみる――それだけでも、立派な一歩なのです。減塩は、お一人で頑張るものではなく、ご家族みんなで「ゆるく、少しずつ」分かち合うもの。そう思うと、台所に立つ気持ちも、ふっと軽くなるのではないでしょうか。お薬をお飲みになっている方や、血圧の数字が気になる方は、減塩に取り組まれるときに、いちど主治医の先生にもひと声かけておかれると安心です。ご自分のお体の状態にあわせて、無理のない目安をお話してくださいます。私たちの体は、毎日の小さな選択の積み重ねでできています。お味噌汁の汁をひと口残すだけの、その小さな選択を、今日からはじめてみる――それが、十年後、二十年後の元気の土台になっていくはずです。減塩というと、なんだか我慢の連続のように響くかもしれませんが、本当はちがいます。塩の量が減ると、食材本来のうま味や香り、お野菜の甘み、お魚のだしのこくが、ぐっと際立って感じられるようになります。「あら、にんじんってこんなに甘かったのね」「お豆腐の大豆の風味がはっきりわかるわ」――そんな発見こそが、減塩のいちばんの贈り物なのです。お料理の楽しみは、減塩で減るのではなく、別の方向に深まっていく。そう知っていただけたら、これほど嬉しいことはありません。