転ばないからだ、今日からできる三つの工夫
段差、靴下、ふと振り向いた瞬間。家のなかでの転倒は思いがけないところから起こります。日々の動きに溶け込む、ちいさな予防の工夫をまとめました。
公開日: 2026年8月22日
「ちょっとよろけた」「あ、危なかった」――そんな瞬間が、最近少しずつ増えてきていらっしゃいませんか。年齢を重ねると、体は少しずつ変わっていきますが、その変化はとてもゆるやかなので、ご自分ではなかなか気づきにくいものです。お住まいの家のなかは、長年慣れ親しんだ場所のはず。それなのに、思いがけないところで足がもつれたり、ちょっとした段差につまずいたりすることが増えてくる――これは、体からのちいさなお便りのようなものかもしれません。今日は、転倒を防ぐための、今日からできる三つの工夫を、ゆっくりお話ししてみたいと思います。
家のなかこそ、転倒の場所
意外に思われるかもしれませんが、高齢の方の転倒は、外より家の中で起こることがずっと多いと言われています。それも、リビングや寝室、お風呂場や廊下といった、毎日何度も通る慣れた場所がほとんどです。慣れているからこそ、ふと油断する。あるいは、体は変わってきているのに、若い頃と同じ感覚で動こうとしてしまう――そこにつまずきの種があるのです。
とくに気をつけたいのが、夜中にお手洗いに立つ時間と、朝起きたばかりの時間。眠気の残った体は、思った以上に動きが鈍くなっています。布団から立ち上がってすぐ歩き出すのではなく、一度ベッドや布団のへりに腰かけて、ひと呼吸おく――そんな小さな間が、体を起こす大切な時間になります。日中も、ふと振り向いた瞬間や、急いで電話に出ようとした時など、体の向きを急に変える動作が転倒のきっかけになりやすいものです。
家のなかで転びやすい、覚えておきたい場所をまとめました。
- 玄関の上がり框(かまち)、靴を脱ぎ履きする時
- お風呂場の出入り口、濡れた床と段差の組み合わせ
- 階段の最後の一段、踏み外しやすい場所
- ベッドや布団から立ち上がった直後、寝起きの数秒
- 電気のコードや、丸まったマットの端
足腰を、ちょっとずつ目覚めさせる
転倒を防ぐ二つめの工夫は、足腰のちいさな運動を毎日の暮らしに溶け込ませることです。「運動」というと、ジムや体操教室を思い浮かべて身がまえてしまいますが、ここで言うのは台所の流し台のフチに手を添えて、片足で一分だけ立ってみる――そんな小さな動きで十分です。テレビのコマーシャルの間や、お湯が沸くのを待つ時間。日常のすき間に組み込めば、続けるのが苦になりません。
もうひとつおすすめなのが、椅子からの「立ち座り運動」です。背もたれを使わず、ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと腰を下ろす――これを十回ほど繰り返すだけで、太ももの大きな筋肉に程よい刺激が伝わります。太ももは「第二の心臓」とも呼ばれる場所。ここの筋力を保つことが、転びにくい体をつくる土台になります。ふくらはぎのストレッチも有効です。壁に手をついて、片足を後ろに引いてアキレス腱を伸ばす――それだけで、足首の柔らかさが保たれ、ちいさな段差にもしっかり対応できるようになります。
足元の「ちょっと」を整える
三つめは、家の足元のちょっとした不安を、ひとつずつ取り除いていくこと。これは大がかりな改修ではなく、今日からでも取り組めるささやかな見直しです。たとえば、マットの端がめくれていないか、コードが床を横切っていないか、夜中に通る場所に小さなあかりがついているか――こうした「ちょっと」を整えるだけで、転倒の危険はぐっと減らせます。
靴下にも、思いがけない落とし穴があります。フローリングの上を、靴下のままで歩くと、思いのほか滑りやすいもの。とくに台所や脱衣所の床は、ちょっとした水分でも転倒の原因になります。滑り止めのついた靴下を一足用意しておくだけで、家のなかでの安心感がぐっと変わってきます。また、お手洗いやお風呂場の入り口に、握れる手すりがあると心強いものです。介護保険の住宅改修制度を使えば、自己負担を抑えて手すりの取り付けができることもあります。詳しくはお住まいの地域包括支援センターに尋ねてみると、案内をいただけます。
外出先での転倒も、ひと工夫で防げる
家の中だけでなく、外出先でも気をつけたい場所がたくさんあります。雨上がりの濡れたタイル、駅やデパートの磨き上げられた床、エスカレーターの乗り降り、信号を急いで渡ろうとした時のちょっとした段差――どれもが、思いがけず転倒のきっかけになります。お出かけの時の靴は、ふだんから履きならした、底のしっかりしたものを選ぶことが大切です。新品の靴をいきなり旅行に履いていくと、足になじまずに転びやすくなることもあるので、近所での慣らし履きを忘れずに。
杖や歩行器を使うことに、少し抵抗を感じる方もいらっしゃるかもしれません。けれど、これらの道具は決して「年寄りくさい」ものではなく、安心して長く歩き続けるためのよき相棒です。最近では、デザインも豊富で、おしゃれな折りたたみ式の杖も増えてきました。お出かけの時にだけバッグに入れておく――そんな使い方から始めてみるのもよいかもしれません。万一の転倒に備えて、緊急連絡先を書いたカードをお財布に入れておく、もしも転んだ時に助けを呼べるホイッスルを首から下げておく――こうした小さな備えも、ご自分とご家族の安心につながります。
雨の日や雪の日のお出かけは、特に慎重に。出かけるかどうか迷ったら、無理せず予定をずらす勇気も大切です。「今日は止めておこう」と決めることもまた、転倒予防のひとつの形。傘の使い方も、思ったより難しいものです。両手がふさがった状態は、バランスを崩しやすくなるので、できれば一方の手は空けて、もしもの時に何かにつかまれる状態を作っておくと安心です。雨の日は、滑りにくい靴底のものを選ぶのも忘れずに。
もし、ご家族やお知り合いに「最近、よろけることが増えた」とおっしゃる方がいらっしゃったら、責めず、笑わず、まずは話を聞いてあげてください。年齢を重ねるなかで、体が変化していくことに、ご本人がいちばん戸惑っていらっしゃるはずです。「私もよろけることあるよ」「お風呂場に手すりつけてみたら楽だったよ」――そんな何気ない会話が、相手の不安をやさしく和らげます。転倒は、ご本人だけの問題ではなく、ご家族みんなで支え合っていきたい大切な話題です。
転倒は、骨折につながり、それがきっかけで体力が一気に落ちてしまうこともあります。だからこそ、「転ばない暮らし」を意識することが、これからの元気を支えてくれる、いちばん大きな備えになります。けれど、こわがって動きを減らしてしまっては、かえって筋力が落ちてしまうものです。大切なのは、無理せず、けれどしっかり動くこと。そして、家のなかの足元を、少しずつやさしく整えていくこと。今日から、台所の流し台に手を添えて片足立ち一分、玄関のマットの端をそっと押さえる――そんなちいさな一歩を、ぜひ始めてみてください。続けるうちに、いつの間にか「あれ、最近よろけなくなった」と感じる日がやってきます。
万一、転んでしまった時の心構えも、覚えておくと安心です。慌てて起き上がろうとせず、まず深呼吸をひとつ。痛みのある場所はないか、頭は打っていないか、手足は動くか――ゆっくり確かめてから、ゆっくり起き上がります。立ち上がる時は、近くの椅子やテーブル、壁などにしっかりつかまって。少しでも違和感や痛みが残るようでしたら、家族やかかりつけ医に相談を。とくに頭を打った時は、その日は元気でも数日後に症状が出ることがありますので、ご家族にひと言伝えておくのが大切です。転倒は誰にでも起こりうること。慌てず、ひとつずつ対処していけば、必ず日々の安心に戻れます。