行商のおばさん、玄関先のひととき
大きな風呂敷を背負って訪ねてきた行商の方。野菜や干物と一緒に、近所のうわさ話も届けてくれました。
公開日: 2026年9月15日
「ごめんくださーい」――そんな声が玄関先から聞こえてくると、母は手を拭きながら出ていきました。背中にぐっと膨らんだ風呂敷を背負った、行商のおばさんです。風呂敷の中には、漁村でとれた干物や、農家で採れたばかりの野菜、ちょっとした漬物や煮豆――その季節ごとの恵みがぎゅっと詰まっていました。スーパーマーケットがまだ町の中心にあった時代、商店街まで行かなくても、家の玄関先で旬の食材が手に入る――そんな日常を、いまでも覚えていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。今日は、玄関先のひとときを彩ってくれた、行商のおばさんとの記憶をたどってみたいと思います。
「お得意さん」だけが知っている、独特の信頼関係
行商のおばさんは、決まった曜日に、決まった町内をまわってきました。「水曜日は山田さんの奥さん、金曜日は鈴木さんの家」――そんなふうに、住宅地の隅から隅までを歩き、家ごとに違う注文や好みを覚えていてくれました。「奥さん、今日はサンマの一夜干しがいいの入ってるよ」「お宅は確か、サバの味噌煮が好きだったよね」――そんなさりげない一言が、お得意さんとの信頼関係を支えていたのです。
おばさんの背中の風呂敷が開かれる瞬間は、まるで宝箱が開くようでした。新聞紙にくるまれた干物、葉っぱの上に並んだ野菜、藁で結ばれた漬物――どれも、いまのスーパーマーケットでは見られない、土と海のにおいがする品ばかりでした。お代を払う時には、お釣りのやりとりも独特で、「これは少しおまけしておくよ」「次の水曜日にまた寄るから、お代はその時で」――そんなおおらかなやり取りが、ごく当たり前に交わされていました。
玄関先の井戸端会議、町の情報源
行商のおばさんが持ってきてくれたのは、食べ物だけではありません。町内のうわさ話や、ご近所の様子、ほかの家の家族の出来事――そういった「町の情報」も、おばさんは大切に運んでくれていました。「あ、向こうの角の田中さん、お孫さんが生まれたんだってよ」「お向かいの奥さん、最近お元気そうにしてるかい?」――そんな話を、お茶を一杯飲みながら、ゆっくり聞かせてくれるのです。
いまから思えば、行商のおばさんは、こんな役割を果たしてくれていました。
- 新鮮な食材を、家の玄関まで届けてくれた
- 町内の情報や、ご近所の様子をそっと伝えてくれた
- お互いの家族構成や好みを覚え、長い関係を築いてくれた
- お年寄りや忙しい家庭にとって、外出せずに買い物ができる助けになった
- 風呂敷を広げる時間が、ささやかな社交の場にもなった
母とおばさんが玄関先でしゃべっている時間は、ちょっとした井戸端会議のような雰囲気がありました。私たち子どもは、その横で風呂敷の中身を覗き込んだり、おまけしてもらった煮豆をひとつ口に入れたり――そんな時間も、いまふり返れば、町の人と人がつながっていた、あたたかな証拠なのかもしれません。
いまの暮らしと、行商の時代のあいだに
いまの時代、スーパーマーケットに行けば、いつでも何でも手に入ります。ネット注文すれば、玄関先まで荷物を届けてくれます。便利な世の中になった一方で、行商のおばさんが運んでくれていたような、人と人とのあたたかい交流は、少しずつ減ってきているのかもしれません。
もちろん、行商の時代をそのまま懐かしむだけではなく、いまの暮らしのなかにも、似たような温もりを見つけることはできます。お住まいの地域の朝市、移動販売車、地元の農協の直売所――そんな場所に足を運ぶと、生産者の方と直接話せる機会があります。最近では、シニア向けの宅配サービスで、配達のスタッフがちょっとしたお話をしてくれることもあります。買い物に出るのが難しくなってきた時、こうしたサービスがそっと暮らしを支えてくれるのは、行商のおばさんの時代から続く、人と人とのつながりの形なのかもしれません。
地方ごとに違った、行商の風景
ひとくちに「行商のおばさん」と言っても、地方によってその姿は実にさまざまでした。富山の薬売り、京都の大原女(おはらめ)、千葉の銚子から東京へ通った魚の行商――それぞれの土地で、独特の文化や姿を持っていました。富山の薬売りは、家々を訪ねて、いざという時のための薬を置いておき、次に訪ねた時に使った分だけのお代をいただくという、信頼の上に成り立った商いをしていました。京都の大原女は、頭の上に薪や柴を載せて運び、独特の衣装で町を歩いていました。
地方によっては、自転車にリヤカーを連結して、豆腐や納豆を売り歩く方もいらっしゃいました。夕方になると「とうふー、とうふー」とラッパを吹く独特の音が、町じゅうに響き渡って、家々から人々が小銭を握って外に出てきました。冬の早朝には、納豆売りの声が朝のあいさつのように響き、それを聞いて目を覚ます子どもたちもいました。こうした行商の風景は、地域ごとの暮らしのリズムを作り、町全体の生活時計のような役割も果たしていたのです。
魚屋さんが氷を積んだリヤカーを引いて回る音、八百屋さんが「いらっしゃい、新鮮なきゅうりだよ」と呼ばわる声、お肉屋さんの自転車のベルの音――こうした「商売の音」が、町のあちこちに重なって響いていたのが、昭和の風景でした。テレビや冷蔵庫がまだ十分に普及していなかった時代、毎日の食料は「その日その日に手に入れる」のがあたりまえで、行商の方々はそんな暮らしを根っこから支えてくれていたのです。お年寄りで足腰が弱くなった方や、小さな子どものいるお母さんにとっては、玄関先で買い物ができることが、何より助かるサービスでもありました。
行商の文化は、いまも完全に消えてしまったわけではありません。地域によっては、「移動スーパー」や「買い物バス」といった形で、その精神が引き継がれています。トラックに食料品をいっぱい積んで、住宅地のあちこちを巡回し、お年寄りの家の玄関先で買い物ができるサービスです。「お買い物に出るのが大変」「ご近所に商店がなくなって不便」――そんな声に応えて、各地で広がってきています。お住まいの地域にも、もしかしたらこうしたサービスがあるかもしれません。お住まいの自治体や、社会福祉協議会に問い合わせてみると、最新の情報を教えてもらえます。「あの行商のおばさんの時代から、形を変えて続いているのね」と思うと、なんだか嬉しい気持ちにもなりますね。
玄関先で風呂敷を広げる音、おばさんの声、母とのおしゃべり、そして手渡されたばかりの干物のいい匂い――そのひとときに流れていた、ゆったりとした時間と人の温もりは、いまも心のどこかに残っています。子どもの頃に出会った行商のおばさんが、いまの私たちにそっと教えてくれているのは、「人と人とがつながる暮らしを、忘れないでいて」というメッセージなのかもしれません。アルバムの片すみにある古い写真、台所のすみに残った懐かしい器――そんなものを眺めながら、あの玄関先のひとときを、ゆっくり思い出してみてはいかがでしょうか。ご家族やお孫さんに、当時の暮らしを語って聞かせるのも、世代を越えてつながる、ささやかなお話の時間になります。「今のスーパーマーケットでは経験できない、お家での買い物があったのよ」――そんなふうに伝えれば、お孫さんも興味津々で耳を傾けてくれるかもしれません。一つひとつの記憶は、ただの懐かしさにとどまらず、いまを生きる私たちにとっても、人と人とのつながりの大切さを再確認させてくれる、貴重な財産なのです。