江戸の暮らしに学ぶ、もったいないの知恵
着物のほどき直し、再生紙、長屋の助け合い。江戸の人びとの暮らしには、いまに通じる工夫がたくさんあります。
公開日: 2026年10月6日
「もったいない」――いまや世界中で知られるこの日本語は、ノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんが世界に広めたことで、すっかり国際的な言葉になりました。けれど、この言葉のもとになる「ものを大切にする」考え方は、私たちの先祖が、ずっとずっと昔から、暮らしのなかで実践してきたものです。とくに江戸時代の人びとの暮らしには、限られた資源を最大限に活かす、見事な知恵が詰まっていました。電気もガスも水道もない時代、人々はどのようにものを大切にしてきたのでしょうか。今日は、江戸の暮らしのなかから、いまの私たちの暮らしにも通じる「もったいない」の知恵をいくつかご紹介します。物があふれる現代だからこそ、改めて見直してみたい昔の人の工夫があります。長く生きてきた私たちにとっては、ほとんどが懐かしい話かもしれませんが、お孫さんやお子さんに伝える話のたねとしてもおすすめです。
着物のリサイクル、徹底した循環の暮らし
江戸の人びとが、もっとも上手に「もったいない」を実践していたのが、着物の使い回しでした。着物は新品で買うと高価でしたから、多くは古着市で売られているものを買い、丁寧に手入れしながら使うのが一般的でした。汚れたり破れたりした着物も、すぐに捨てるなんてとんでもないこと。仕立て直して、家族の誰かが着られるようにつくり替えるのが当たり前でした。
たとえば、母親が着ていた着物をほどいて娘の浴衣に仕立て直す。それも着られなくなったら、子ども用の小さな着物にする。さらに小さくなったら、お人形の着物や、座布団の表地に使う。最終的にはぞうきんやおむつになり、最後の最後はかまどの火種に。一枚の布が、何世代にもわたって、形を変えながら使い切られていく――それが当時の暮らしでした。江戸の町には、こうした古着の引き取りや仕立て直しを生業とする職人さんがたくさんいて、彼らの存在が「もったいない」の文化を支えていたのです。
江戸時代に発達していた、ものを大切にする職業や仕組みをいくつかまとめました。
- 古着屋――汚れた着物を買い取り、洗って再販する
- 仕立て直し屋――古い着物をほどいて新しい着物に
- 紙くず買い――使い古した紙を集めて再生紙にまわす
- ろうそく屋――使い終わったろうそくの蝋を集めて再利用
- 灰買い――かまどの灰を集めて肥料や洗剤の原料に
- 鍋・釜の鋳掛屋(いかけや)――穴の開いた鍋を修理して再生
紙の再利用、徹底した循環社会
もう一つ、江戸時代に驚くほど発達していたのが、紙のリサイクルでした。江戸時代の紙は手漉きの和紙で、貴重なものでしたから、一度使った紙も決して捨てません。手紙や帳面に使った紙は、子どもの習字の練習用に再利用され、それでもまだ使える部分は、包装紙やトイレットペーパーの代わりとして使われました。
そして驚くべきは、街中を歩いて使い古した紙を買い集める「紙くず買い」という職業があったこと。集められた紙くずは、再生工場のような場所に運ばれ、もう一度水で溶かして、新しい紙として生まれ変わりました。これを「漉き返し」と呼びます。漉き返した紙は「浅草紙」「西の内紙」などと呼ばれ、再び庶民の暮らしのなかで使われていきました。紙の再生システムは、当時の江戸が世界でもっとも発達した「循環型社会」であったことを物語っています。
現代の私たちが、リサイクルやサステナビリティと呼んで取り組んでいることを、江戸の人びとは何百年も前から、当たり前のように行っていたのです。電気もない、機械もない時代に、自然と人の手だけで成り立っていた循環の知恵――そこには、いまの私たちが学ぶべきことがたくさんあります。
食べ物の知恵、漬物と乾物の文化
もったいないの知恵は、食べ物のなかにも息づいていました。冷蔵庫のなかった時代、食材をいかに長持ちさせるかは、家庭の重要な仕事でした。とれすぎた野菜は漬物に、お魚は塩漬けや干物に、お米はぬか床に、お豆は煮豆に――保存の工夫が、日本の食文化を豊かにしてきたのです。
たくあん、梅干し、ぬか漬け、味噌、しょうゆ、納豆、かつお節、しらす、するめ、干し椎茸――これらはすべて、食べ物を長く保存するための知恵から生まれた、日本の伝統食です。発酵という自然のはたらきを利用して、食材を保存しながら、味も栄養も高めていく。江戸の人びとは、まだ細菌や発酵の科学的なしくみを知らなくても、経験から学んだ知恵を、家庭から家庭へと伝えていきました。
また、食べきれないお魚は近所におすそ分けし、たくさん採れた野菜は煮物にして翌日も翌々日も食べる――もったいない精神は、家族の食卓だけでなく、ご近所付き合いのなかにも息づいていました。「困ったときは持ちつ持たれつ」というご近所の助け合いは、食材の無駄を減らす意味でも、地域社会のなかで上手に機能していたのです。
長屋の暮らし、助け合いの精神
江戸の庶民の暮らしの場であった長屋には、いまの私たちが失ってしまった大切な文化が息づいていました。長屋とは、平屋の細長い家屋に、何世帯もが壁を共有して住む形式の住居のこと。玄関を開けたらすぐお隣さん、お風呂もお手洗いも井戸も共同――いまの私たちの感覚からすると、プライバシーがあったのかしらと心配になるくらいの近さで、人々は暮らしていました。
けれど、その近さがあったからこそ、長屋の住人たちはお互いをよく知り、助け合って生きていたのです。お醤油やお米がなくなれば、お隣に借りに行く。赤ん坊が泣いていれば、両隣が抱きに来る。誰かが病気になれば、町内のおかみさんたちがお粥を作って届ける。お葬式があれば、長屋の住人全員でお手伝い――そんな日常が当たり前でした。「お醤油のおすそ分け」「お味噌のおすそ分け」――言葉として残っているこうした表現は、当時の暮らしのなかで実際に行われていた、ご近所助け合いの実践なのです。
いまの私たちの暮らしは、便利になった代わりに、ご近所さんとの距離も遠くなりました。お隣に何が住んでいるかわからない、というマンションも珍しくありません。けれど、災害や急病のときに頼りになるのは、結局のところご近所の方々です。江戸の長屋の人びとほど密にする必要はなくても、「お久しぶりです」「お元気ですか」のひと声をかけ合うご近所付き合いを、これからも大切にしていきたいものです。
江戸の暮らしから学べることは、本当にたくさんあります。物を大切にすること、食べ物を無駄にしないこと、ご近所と助け合うこと――それらは、私たちが「便利さ」と引き換えに少しずつ失ってきた知恵かもしれません。物があふれて、何でもすぐに手に入る現代だからこそ、ふと立ち止まって、昔の人の暮らしぶりを思い出してみる。そこに、これからの暮らしのヒントが、まだまだたくさん眠っているのです。「もったいない」――この四文字は、世界に通じる日本語であり、これからの地球を支えていく大切な精神でもあります。長く生きてきた私たちの世代だからこそ、次の世代に伝えていきたい言葉のひとつではないでしょうか。お孫さんやお子さんに、江戸の人びとの暮らしぶりを、ぜひ語り継いでみてください。語ることで、過去の知恵は次の世代の現在のなかでよみがえり、新しい暮らしの礎となっていきます。読書や図書館の郷土資料、地域の歴史博物館を訪ねてみるのもおすすめです。江戸の長屋の模型を眺めたり、昔の道具を実際に触ったり――そうした体験が、語る話の説得力を増し、ご自分の暮らしへの理解も深まります。