駄菓子屋さんの十円玉
学校帰りに通った駄菓子屋さん。あの頃の十円玉で買えたものを、ひとつずつ思い出してみませんか。
公開日: 2026年5月25日
学校からの帰り道、ランドセルをゆさゆさ揺らしながら、まっすぐ走った先に、駄菓子屋さんの引き戸がありました。手のひらに握りしめた十円玉は、まだ汗ばんでいて、すこしぬるいような気がしたものです。あの戸を開ける瞬間の、胸がふくらむような感覚を、いまも覚えていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。
ガラス瓶のなかの宝もの
店先には、いろいろなお菓子が並んでいました。ガラスの瓶のなかには、色とりどりの飴。木箱には、小袋に入った煎餅やラムネ。天井からは、紙ふうせんが揺れていて、足元には、すだれをかけたショーケース。あの空間は、子どもにとって、まちがいなく宝の山でした。
十円玉一枚で、なにが買えたでしょうか。きなこねじり、麩菓子、もんじゃせんべい、ヨーグル、ラムネ菓子――。たった十円で買えるお菓子のなんと多かったことか。あれをひとつ買うか、こっちを買うか、五分も悩んで、結局、いちばん最初に目に入ったものに戻る、なんてこともよくありました。
駄菓子屋さんの定番、思い出すお菓子はどれですか。
- きなこねじり、口のなかでほろっとほどける
- ふがし、長い長い茶色の棒
- ヨーグル、紙ぶたを爪の先でめくる
- もんじゃせんべい、ソースをつけて頬張る
- ラムネ菓子、舌のうえでしゅわっと溶ける
- ベビースターラーメン、いちばん小さい袋
どれもこれも、いま思い出すだけで、口のなかに、ふしぎとあの味がよみがえってきます。お菓子そのものというより、それを食べた帰り道の空気や、夕日の色までいっしょに思い出される、というのは、ふしぎな記憶のはたらきだと感じます。
おばちゃんのまえで、たちつくす午後
駄菓子屋さんには、たいてい、レジのうしろにおばちゃんがいらっしゃいました。学校の先生でもなく、家族でもない、けれど名前と顔だけは知っている、不思議な存在のおとな。机のうえには、お茶わんと、湯気の立つやかんがあり、なんだか家の延長のような、けれど家とはちがう空気がありました。
「これと、これ、合わせていくら?」と尋ねると、おばちゃんは指でぱちぱちと数えながら、「はい、十二円。ちょうどあった?」と、にこっと笑ってくれる。たった二円の足し算なのに、なんだかいつも、計算してくれているおばちゃんの顔をじっと見つめていたものです。
ときには、おまけをこっそりつけてくれることもありました。「これ、サービスね」と、紙袋の底にもうひとつ。それだけで、その日いちにちの足取りが、軽くなりました。子どもにとって、お金で買えないものを、駄菓子屋のおばちゃんは、よくわかっていたのかもしれません。
学校帰りの「ちょっと寄り道」
駄菓子屋さんは、ただお菓子を買う場所ではなく、子どもたちの「ちょっと寄り道」の場所でもありました。同じ学校の仲間と、ぐうぜん顔を合わせ、おたがいのお菓子を見せ合い、ときには交換した日々。学年がちがう子とのおしゃべりも、駄菓子屋さんの店先では、ふしぎと自然に成り立っていました。
店先の長椅子にかけて、買ったばかりのラムネを飲む。瓶のなかでビー玉がころころ転がり、しゅわっとした泡が口のなかに広がる――そんな夕方の風景を、いまもどこかで覚えている方もいらっしゃるでしょう。
- 通学路の角、しまえの引き戸の音
- ジュースの瓶を、外で立ち飲みする快感
- おとなり町まで歩いて行った、別の駄菓子屋
- 「家に帰ったらおやつ抜きよ」と笑った母
- 二十円のおおきいラムネを買えた日の自慢
あの頃の十円玉は、いまの十円玉とは比べものにならないほど、たくさんの「うれしい」を運んでくれました。十円玉一枚で、二、三粒の飴が、一枚の煎餅が、ひと袋のラムネが手に入る――それは、子どもの体感としては、まちがいなく一日分のしあわせでした。
いまでは、地域の駄菓子屋さんは、ずいぶん少なくなってしまいました。それでも、ちいさな路地の角に、ふと懐かしい看板を見つけることがあります。立ち寄って、当時のままの瓶や箱を眺めるだけでも、心はあの夕方に、すっと戻っていくものです。お孫さんがいらっしゃる方は、もしご近所に駄菓子屋さんが残っていたら、ぜひいっしょに連れていってあげてください。十円玉一枚で味わえるしあわせを、現代のこどもたちにもそっと手渡してあげられたら、それはなんとも豊かな贈りものになります。あの引き戸の音、おばちゃんの笑顔、口のなかにじんわり広がる甘さ。すべてが、わたしたちの心の底に、しずかに残っているのです。
都会の駄菓子屋は数が減ってしまいましたが、近ごろは「昭和レトロ」のお店や、商業施設のなかに駄菓子コーナーがあったりもします。子どもの頃に食べたお菓子と再会できる場所は、いまも案外、わたしたちの暮らしのそばに残っています。ふらりと立ち寄って、当時十円だったお菓子を、いまの値段で買ってみる。そのちいさな贅沢のなかに、たくさんの思い出が一度によみがえる――そんな夕方を、また一度、味わってみてはいかがでしょうか。