歩きやすい靴、旅のいちばんの相棒
観光地でいちばん疲れるのは足元です。ふだんから履きならした、一足の頼れる靴の選び方と手入れのお話です。
公開日: 2026年11月18日
旅のしたくをしながら、お土産用のバッグや、お薬の準備、宿の予約――そういうことばかりに気を取られて、つい後回しになりがちなのが「足元」のしたくです。けれど、旅先で一日の終わりに、いちばん疲れているのは、じつは足なのです。神社の長い石段を上り、街並みのうえをそぞろ歩き、駅から駅へと乗り換える――旅というのは、ふだんの暮らしの何倍も「歩く」ことの連続です。お年を重ねますと、その負担はますます大きくなり、合わない靴一足が、せっかくの旅の楽しみを半分以下にしてしまうこともあります。きょうは、旅のいちばんの相棒となる、歩きやすい靴の選び方と、ふだんからの手入れのお話をいたします。お気に入りの一足を、長くていねいに育てるよろこびは、旅そのものの楽しみと、しずかにつながっているのです。
旅靴に求めたい、三つの条件
観光地でしっかり歩ける靴には、おおむね三つの条件があります。これは、靴屋さんに勤めていらっしゃるご親戚や、旅好きの方の経験談のなかでも、共通して言われることです。むずかしいブランドやお値段の話ではなく、ご自分の足にとっての心地よさが、いちばんの基準になります。
- ふだんから履きならした靴であること(新品はNG)
- 底に厚みがあって、衝撃をやわらかく吸収してくれる
- つま先に一センチほどの余裕があり、指を動かせる
- 履き口がやわらかく、足首がきゅっと締めつけられない
- 底にすべり止めの溝がしっかり彫られている
- 脱ぎ履きが、座らずにできる(ご旅館やお寺のために)
とりわけ大切なのは、いちばん上の「ふだんから履きならした靴」という点です。「旅のために新しいのを買おう」――そう思って、出発の前日にぴかぴかの靴を買って、旅先で靴ずれだらけになって泣きそうな思いをした方は、けっして少なくないと思います。新しい靴は、どんなに高級でも、ご自分の足に馴染むまで時間がかかります。すくなくとも、ご旅行の二週間前から、お買い物や近所のお散歩で履き慣らしておくのが、安心の第一歩です。
底の厚みも、お年を重ねた方には大事なポイントです。薄い底だと、コンクリートの硬さがそのまま足の裏に響き、膝や腰に少しずつ負担がたまっていきます。底にクッション性がある靴を選ぶと、一日歩いた後の疲れがずいぶん違ってまいります。スポーツメーカーが出しているシニア向けのウォーキングシューズや、整形外科の先生がすすめてくださる靴のなかには、お年を重ねた足のために考えられた工夫のあるものが、たくさん並んでいます。
脱ぎ履きが楽である――これも、日本の旅では大切な条件です。お寺や神社の本堂に上がるとき、ご旅館のお部屋に入るとき、座敷の食事処にあがるとき――一日のあいだに何度も靴を脱ぎ履きします。立ったまま、片手で壁につかまるだけで脱ぎ履きできる靴は、想像以上に頼もしいものです。マジックテープ式や、ファスナー式、伸縮性のある履き口の靴など、いまはシニア向けの工夫が施された製品がいろいろあります。
素材と季節、お考えになりたいこと
旅の靴を選ぶうえで、素材と季節も大切な要素です。夏の旅と冬の旅では、求められる靴の性質がまったく違ってまいります。一足ですべての季節に対応するのは無理ですから、お持ちの靴のなかから、その季節とその旅先にいちばん合ったものを選んでいただきたいのです。
夏の旅では、通気性のよい靴が一番です。革靴も素敵ですが、長時間歩くなら、メッシュ素材のスニーカーや、ウォーキングシューズが、足の蒸れを防いでくれます。お足が蒸れると、皮膚がふやけて靴ずれができやすくなりますから、清潔と乾燥が肝心です。靴下も、化繊の薄いものより、綿や竹素材のものが、汗を吸ってくれて気持ちがよいでしょう。
秋の旅では、お足元のあたたかさが大事になります。十一月、十二月の京都や東北の旅は、想像よりずっと寒く、底の薄い靴では足先が冷えて、観光どころではなくなることがあります。中敷きをふわふわのものに替える、暖かい靴下を一枚多く履く、または防寒性のある厚底のスニーカーを選ぶ――こうした工夫が、旅の快適さを大きく変えてくれます。
冬の雪国への旅では、底の滑り止めがとくに大切です。一般のスニーカーで雪道を歩くと、つるりと滑って大けがにつながります。雪国の地元のスーパーやホームセンターでは、靴底に簡単に取り付けられる「滑り止めバンド」を売っていますから、出発前にネット通販で取り寄せておく、または現地で買うのもおすすめです。心配な場合は、もとから雪国対応の靴を一足、用意しておくと安心です。
ふだんの手入れで、ながく育てる
お気に入りの一足が見つかったら、ぜひ大切にお手入れをして、長く育てていきましょう。革靴であれば、月に一度の靴クリームでのお手入れ。スニーカーであれば、汚れたら布で拭いて、紐をほどいて陰干しして乾かす。中敷きは取り出して洗い、消臭剤をふっておく――これだけのことを心がけるだけで、一足の靴が三年も五年も、頼もしい相棒として旅をともにしてくれます。
また、旅から帰ったら、その日のうちにブラシで土ぼこりを払い、しめった靴は新聞紙を丸めて中に詰め、風通しのよいところで丸一日干す――それが、靴を長持ちさせる最大の秘訣です。汗で湿ったまま下駄箱にしまうと、内側に菌が増えて、傷みが早くなりますし、においも気になってまいります。
そして、旅靴は、できれば一足ではなく、できれば二足を交互に履くようにすることをおすすめいたします。同じ靴を毎日履き続けると、いくらお手入れをしていても、内側の湿気が完全に乾ききりません。二足を交互に履けば、片方が休んでいるあいだに、しっかり乾燥できますから、傷みが半分以下になります。短い旅でも、できれば靴を二足持っていく――そうすれば、一日目に雨で濡れた靴を二日目には乾かして、また三日目に履き直す、というふうに、足元を清潔に保てます。
靴は、旅の道具のなかで、いちばん地味ですが、いちばん大切な相棒です。ぴかぴかのカメラよりも、おしゃれな帽子よりも、ご自分の足に寄り添ってくれる一足の靴のほうが、旅の喜びを支えてくれます。お気に入りの一足を、ふだんからのお手入れで育てて、お孫さんやご家族との旅、お仲間との小旅行、お一人での街歩き――どんな場面でも、頼れる「相棒」と呼べる靴を、ぜひお持ちになっていただきたいと思います。
もうひとつ、旅靴を選ぶときに見落としがちな点が「色と汚れ」のお話です。白いスニーカーはすっきりして見えるものですが、雨上がりや砂利道を歩くと、すぐに汚れが目立ってしまいます。長旅では、グレーや紺、こげ茶など、少し落ち着いた色の靴のほうが、汚れもさほど目立たず、着るお洋服とも合わせやすく便利です。また、おすすめなのは、靴ひもがゴムでできていて、結ばずに脱ぎ履きできるタイプ。腰をかがめて靴ひもを結ぶ動作は、お年を重ねますと地味につらいものですから、こうした工夫の凝らされた靴を選ばれると、旅先での負担がぐっと減ります。
お足元が安定すれば、心も自然と落ち着き、旅の景色がいっそうゆったり、美しく感じられるものです。よい靴とともに、よい旅を。次の旅のしたくの時には、ぜひいちばんはじめに、ご自分の足元を見つめなおすところから始めてみてください。靴底のすり減り具合、内側の中敷きの傷み、靴ひものくたびれ――そんなところを一つずつ確かめてみると、その靴がこれまでにいくつの旅を共にしてくれたか、思い出話のように浮かんでまいります。きっと、足元から、新しい旅が始まってまいります。