七十二候、五日ごとの小さな暦
二十四節気をさらに細かく五日ごとに分けた七十二候。「桃始笑(ももはじめてさく)」など、心がほどける名前が並びます。暮らしのなかに、もうひとつの暦を取り入れてみませんか。
公開日: 2026年11月11日
「七十二候(しちじゅうにこう)」という言葉を、お聞きになったことはありますでしょうか。お正月や立春、夏至や冬至――そんな二十四節気の名前は、テレビのお天気のコーナーでもよく耳にしますね。じつは、その二十四節気をさらに細かく分けた、「七十二候」というもうひとつの暦があるのです。一年を七十二に分ける、ということは、およそ五日ごとに季節の名前があるということ。「桃始笑(ももはじめてさく)」「鴻雁北(こうがん きたへかえる)」「蟄虫坯戸(すごもりむし とをとざす)」――読むだけで、なんとも詩のような美しい名前が、ずらりと並んでいます。きょうは、暮らしのなかに、もうひとつの小さな暦を取り入れてみるお話をいたします。むずかしい知識は要りません。ちょっとした言葉に耳を澄ませるだけで、毎日が少しずつ豊かになるはずです。一年が二十四に分かれるよりも、七十二に分かれるほうが、季節への目配りもずっと細やかになります。これは、せわしない暮らしのなかでも、ふと立ち止まる「合図」をたくさん用意してくれる、優しい暦なのです。
二十四節気と七十二候、どう違うのでしょう
二十四節気は、ちょうど一年を二十四に分けた暦です。立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨――こんなふうに、およそ十五日ごとに季節のうつろいの名前がついています。中国から伝わったこの考え方は、日本の風土に少しずつ合わせられて、私たちの暮らしのなかに深く根づいてきました。お正月のおせちや、お盆のお迎え、お彼岸のおはぎ――こうした行事もみな、暦の節目とつながっています。
その二十四節気を、さらに三つずつに細かく分けたのが七十二候です。一年を七十二に分けますから、おおむね五日ごとに季節の名前が変わっていく、ということになります。「初候(しょこう)」「次候(じこう)」「末候(まっこう)」と呼ばれる三つに、それぞれ短い名前がついています。たとえば春の「啓蟄」のなかには、「蟄虫啓戸(すごもりむし とをひらく)」「桃始笑(ももはじめてさく)」「菜虫化蝶(なむし ちょうとなる)」――というふうに、五日ごとに違う名前が並ぶのです。
七十二候のおもしろさは、季節を、人間の暮らしや動植物の動きで切り取っているところにあります。「桃の花がほころびはじめる」「冬ごもりの虫が土の戸を開ける」「青虫が蝶になる」――どれも、目に見える季節の出来事を、そのまま暦の名前にしています。これは、農作業と暮らしを結びつけて使われてきた、生きた暦なのです。「ああ、もうそろそろあの草が芽を出すころね」と、五日先の自然を予感する――そんな細やかな感受性を、昔の人は持っていたのです。テレビの天気予報を見るだけが季節とのつきあいではなく、こうした古くからの言葉に耳を澄ますと、自然と私たちのなかにも、季節を「待つ」気持ちや「迎える」気持ちが、しずかに育ってまいります。
ささやかな名前たち、こんなものがあります
七十二候の名前を、いくつかご紹介してみましょう。読むだけで、その季節の景色が目の前にゆっくり広がってまいります。
- 東風解凍(はるかぜ こおりをとく)――立春の初候、二月のはじめごろ
- 霞始靆(かすみ はじめてたなびく)――雨水の次候、二月中旬
- 桜始開(さくら はじめてひらく)――春分の次候、三月下旬
- 蛙始鳴(かわず はじめてなく)――立夏の初候、五月上旬
- 蓮始開(はす はじめてひらく)――小暑の次候、七月中旬
- 鶺鴒鳴(せきれい なく)――白露の次候、九月中旬
- 山茶始開(つばき はじめてひらく)――立冬の初候、十一月上旬
「東風解凍(はるかぜ こおりをとく)」は、立春の初候、二月の初めごろの名前です。まだ寒さのきびしい時期に、東から吹く春の風が、ゆっくりと氷をとかしはじめる――そんな景色を、わずか四つの漢字に込めています。実際に外を見れば、まだ凍えるような風ですけれど、「もうじき春の風が吹くのだ」と、暦が先に教えてくれる――そんな前ぶれの暖かさが、心を一足早く春に向かわせてくれます。
「桜始開(さくら はじめてひらく)」は、三月の下旬ごろ。テレビで桜の便りが届く時期と、見事にぴたりと重なります。「ああ、今年もそろそろ咲くのね」と、お茶を飲みながら暦をめくる――それだけで、桜への待ち遠しさが、ふっと膨らんでまいります。
もうじき訪れる十一月の上旬には、「山茶始開(つばき はじめてひらく)」が来ます。山茶花(さざんか)の花が咲きはじめる、という意味です。庭の隅やお寺の境内に、ひっそりと咲くつぼみ。寒さに向かう季節のなかに、こうした「初めて開く花」があることを思い出すと、冬の入り口がいくぶんやさしく感じられるものです。
暮らしのなかに、もうひとつの暦を
七十二候を暮らしに取り入れる、と申しましても、何もむずかしいことはありません。本屋さんに行きますと、七十二候を一日ごとに紹介したカレンダーや、コラム集のような本がたくさん並んでおります。お気に入りの一冊を見つけて、台所のテーブルの脇に置いて、お茶を飲むひとときにぱらぱらと眺める――それだけで十分なのです。
お料理がお好きな方なら、七十二候の旬と一緒に、食材を選ぶ楽しみも生まれます。「蛙始鳴」のころは、新しい筍が出はじめる時期。「蓮始開」のころは、若い枝豆や夏の野菜が旬を迎えます。「鶺鴒鳴」の九月中旬には、新米が並びはじめます。スーパーの棚の前で、季節の名前を一つ思い出すだけで、その食材を一段とおいしく味わえる気がするから不思議です。
お孫さんが遊びにいらした時、「今日はね、『桜始開』っていう日なのよ」とお話してあげるのも、たのしいひと時になります。お孫さんは「ふしぎな言葉ねえ」と目を丸くするかもしれません。けれど、おばあちゃまから教わったその言葉は、何年たっても、桜の咲くたびに、ふっと心に蘇ってくる――そんな小さな贈り物になっていくでしょう。
せわしない世のなかではありますが、五日ごとに変わる暦を持っているということは、五日ごとに季節を見直す機会があるということ。一週間ごとに更新される自然のうつろいに、少しずつ寄り添う暮らし――それは、お年を重ねた身にこそ似合う、ゆったりとしたリズムだと思います。きょうの空のあいさつや、お庭の花の動きを、ひと言で表すとしたらどんな言葉になるかしら。そう考えてみるだけでも、世界がほんの少し違って見えてくるはずです。
七十二候の名前を、毎日のお手紙やはがきの書き出しに使ってみるのも、しゃれた工夫です。「桜始開のころとなりました、お変わりありませんか」「鶺鴒鳴の節、いかがお過ごしでしょうか」――こんなふうに書きだすと、お便りを受けとった方は、ふっと立ち止まって、季節のうつくしさに思いを馳せてくださるはずです。お友達やご親戚へのちょっとしたごあいさつに、季節の小さな名前を添える。それだけで、文面にも、お互いの暮らしにも、しずかに「日本の季節」がよみがえってまいります。
むかしの人が、五日ごとに自然の足音に耳を澄ませてきたその感性を、私たちもどうぞ、わが家のひとときに招き入れてみてくださいね。日めくりカレンダーに七十二候の名前が小さく入ったものも、最近は書店や雑貨店で見かけます。お正月の初買い物のついでに、ご自分用にひとつ求めてみるのもよいかもしれません。明日からの一日が、季節の名前とともに、いっそう味わい深いものになっていくことでしょう。