紅葉狩り、近所の名木と決めて出かける
遠出をしなくとも、近所の公園や境内にひと際美しい紅葉があるものです。お気に入りの一本を見つけて、毎年訪ねる――そんな小さな秋のたのしみのお話です。
公開日: 2026年10月12日
紅葉狩りといえば、京都や日光、奥多摩、箱根といった有名な名所を思い浮かべる方も多いことでしょう。テレビや雑誌でも、赤く染まった山々の景色が毎年のように紹介されます。けれど、お年を重ねますと、人混みの多い遠出は少し気が重くなることもあります。長旅の疲れ、慣れない場所での歩き疲れ、お手洗いの心配――そうしたことが頭をよぎると、せっかくの紅葉狩りも、気軽な楽しみとは言いにくくなってまいります。そんなときに、ぜひ一度試していただきたいのが、「ご近所の名木と決めて、毎年訪ねる紅葉狩り」のかたちです。歩いていける範囲のなかに、きっとあなただけの「お気に入りの一本」が見つかるはずです。きょうは、そんな身近で深い秋のたのしみのお話をお届けします。
近所にも、思いがけない名木が眠っている
ご自宅から歩いて二十分以内のところに、神社、お寺、公園、学校、街路樹、お屋敷の生垣――そうした場所がいくつかあると思います。普段はなんとなく通り過ぎている場所でも、十一月の中ごろから十二月の初めにかけて、ふっと足を止めてみてください。意外なほど、立派な紅葉を見つけられることがあります。とくに古いお寺や神社の境内には、長い年月をかけて育った大きな楓(かえで)や、銀杏(いちょう)の木が、ひっそりと立っていることが少なくありません。
私の知り合いに、ご自宅から徒歩十分の所にある小さな稲荷神社の境内に、樹齢百年を超える楓があると聞いて、初めて見にいかれた方がいらっしゃいました。「こんなにすごい紅葉が、こんなに近くにあったなんて」と、おどろかれていました。それ以来、毎年その楓を訪ねるのが秋の楽しみになり、お孫さんを連れて行くようにもなったそうです。「遠くの名所より、近所の名木」――そんな新しい合言葉が、お年を重ねた私たちの紅葉狩りには、よく似合うのかもしれません。
近所で名木を見つけるときの、ちょっとした視点をお伝えします。
- 古いお寺や神社の境内――楓や銀杏の大木が多い
- 城跡や旧跡の公園――手入れされた紅葉が美しい
- 並木道や街路樹――銀杏並木は黄金色に染まる
- 学校の校庭――桜だけでなく楓の老木もある
- 市民公園、児童公園――地域ごとに自慢の一本が
お気に入りの一本を、毎年訪ねるよろこび
名木を見つけたら、ぜひ「自分のお気に入りの一本」として決めてしまいましょう。毎年、同じ時期に同じ場所に訪ねる――それが、お年を重ねたあとの紅葉狩りのいちばんの楽しみになります。「去年もここに来たわね」「ことしは少し色づきが遅いみたい」「あら、こんなに大きな枝がついてる」――その木と、毎年すこしずつ言葉を交わすような気持ちで通うのです。
ご夫婦で訪ねるのも、お一人で訪ねるのも、お友達と待ち合わせて訪ねるのも、それぞれによいものです。お孫さんを連れて、「ばあばのお気に入りの木はこれよ」と紹介する楽しみもあります。お写真を撮って、毎年同じ角度から残しておけば、長い年月のなかでその木がどう育ってきたか、目に見える年輪のような記録にもなります。お子さんやお孫さんに「お母さんは、毎年あの楓のところに行ってたのよ」と語り継がれる――そんな小さな伝統が、暮らしのなかに生まれるのです。
近所の名木のよいところは、急がなくていいことです。日帰りの旅行のように、決められた時間に集合して、決められたコースを回って、と気をはる必要がありません。お天気のいい日の午後、お散歩がてら、ちょっと立ち寄って、ベンチに腰を下ろして、ぼんやりと木を見上げる――それだけで十分なのです。「忙しなくない紅葉狩り」というのは、お年を重ねるほどに、しみじみとありがたく感じられるものです。
出かける時のちょっとした準備、無理なく楽しむために
近所であっても、紅葉のいちばんきれいな時期は、朝晩がぐっと冷え込みます。お出かけの前には、上着を一枚追加で、首元にスカーフかマフラーを巻いておくと安心です。歩く距離は短くても、立ち止まって木を見上げる時間が長くなりますので、足元から冷えが入りやすくなります。とくに足首と腰のあたりは、温かく整えておきましょう。
もうひとつ、忘れずに持っていきたいのが、温かい飲み物の入った水筒です。境内のベンチや公園の木陰に腰を下ろして、ほうじ茶や紅茶を一杯。これだけで、紅葉狩りがぐっと豊かな時間になります。お気に入りのお茶請けを小さなお弁当箱に詰めて持参するのも、よいものです。お孫さんと一緒なら、温かいココアや甘いお菓子を用意しておけば、小さな冒険気分も加わって、楽しい思い出になります。
歩きやすい靴、滑りにくい靴底、お手洗いの場所の確認――そうした基本的なことも、忘れずに。とくに紅葉の落ち葉は、雨のあとはすべりやすくなりますので、足元には十分にお気をつけください。両手が自由になるショルダーバッグやリュックが便利です。携帯電話と、念のため家族の連絡先を書いたメモを一枚、お財布のなかに入れておくと、何かあったときにも安心です。
紅葉狩りは、自分との対話の時間でもある
紅葉した楓の葉を見上げていると、不思議と心がしずかになっていきます。一枚一枚の葉が、緑からだいだいへ、だいだいから真紅へと、ゆっくりと色を変えていく――その姿は、人の一生にもどこか似ています。長く緑のままがんばってきた葉が、最後に最も美しい色を見せてくれる。「ああ、こうやって季節を全うしているのね」と、自分自身の歩みと重ねたくなる方も、いらっしゃるかもしれません。
古来、日本人は紅葉のことを「もみじ」と呼びましたが、これは「揉み出ず」という言葉から来ているとも言われます。葉のなかにある色を、揉み出すように外に表す――何とも美しい言葉です。人もまた、長い人生のなかで蓄えてきたものを、晩年にかけて少しずつ外に表していくのではないでしょうか。紅葉狩りは、ただ景色を見るだけでなく、自分自身の歩みをふり返るしずかな時間でもあります。
ご近所の名木と決めた一本のもとで、十分でも二十分でも、ぼうっと過ごす時間。それは、遠くの名所では味わえない、しみじみとした秋のひとときです。今年もまた、お気に入りの一本を訪ねてみませんか。そして来年も、再来年も――その木が立っているかぎり、毎年あなたを迎えてくれます。木は、私たちより、ずっと長い時を生きるもの。だからこそ、「また来年も来ますね」と、しずかに語りかけてみてください。きっと風がそよぎ、葉の音で、優しく返事をしてくれることでしょう。長く生きてきた木と、長く生きてきた私たち――その対話のひとときが、これからの季節のささやかな宝物になりますように。お一人で行かれた紅葉狩りの帰り道、近所のお茶屋さんに立ち寄って、甘酒や温かいおうどんをひと口――そんな小さなご褒美の時間も、深まる秋の楽しみのひとつです。ご家族とのお出かけよりも、お一人での時間のほうが、紅葉の色をしずかに味わえる、そんな気持ちになることもあります。秋の風にすこし背中を押されるようにして、お近所の名木のもとへ、ぜひ足を向けてみてください。落ち葉を一枚、ハンカチに包んで持ち帰る――それも、その日の記念になります。一年の中で、いちばん色を持つこの季節を、心ゆくまで味わってまいりましょう。ご自身の暮らしのなかに、紅葉の彩りがそっと加わりますように、心からお祈り申し上げます。秋という季節は、毎年すこしずつ違う表情でやってきます。今年の秋にしか出会えない景色を、どうぞお見逃しなく。