防災の備え、まず三日分から始める
「ちゃんと備えなきゃ」と思うほど、なぜか手がつかないもの。三日分の水と食べもの、そこから始める小さな防災のお話です。
公開日: 2026年10月20日
ニュースで地震や台風の話を聞くたびに、「うちもそろそろ、防災の備えをきちんとしなくちゃね」と心のなかでつぶやく――そんな日が、もう何年も続いているという方もいらっしゃるかもしれません。けれど、いざ用意しようとすると、何から手をつけてよいかわからず、結局そのままになってしまう。これは決して、みなさんが怠けているからではありません。「完璧に備えなければ」と気構えるほど、防災の準備というのは、かえって遠のいてしまうものなのです。きょうはむずかしく考えず、まず三日分の水と食べものから、ゆっくり始める防災のお話をいたします。
どうして「三日分」が目安なのか
災害が起きると、電気・水道・ガスが止まり、お店からも商品がなくなる――そんな話を聞いて、お気持ちが沈んだことはありませんか。けれど実際には、大きな災害のあとも、おおむね三日もすれば、行政や自衛隊、自治体からの支援物資が届き始めるとされています。三日間というのは、いわば「自分の家のなかでなんとか暮らしを保つ」ための、ひとつの目安なのです。
もちろん地域や災害の規模によっては、もう少し長くなることもあります。最近では「一週間分の備えを」という呼びかけも増えてきました。けれども、はじめから一週間分を揃えようとすると、置き場所も予算も大ごとになってしまい、なかなか手がつきません。「まずは三日分から」――この合言葉だけを胸に、無理なく始めるのが、いちばん長続きするコツです。完璧でなくても、一日分でも、ゼロよりはずっと安心です。
三日分の備えで、最低限ほしいものを並べてみましょう。
- お水――ひとり一日あたり三リットルが目安(飲料・調理用)
- 食べもの――そのまま食べられる缶詰、レトルト、栄養補助食品など
- あかり――懐中電灯、ランタン、予備の電池
- 通信――乾電池式のラジオ、スマホの予備バッテリー
- 衛生――簡易トイレ、ウェットティッシュ、マスク、常備薬
お水と食べもの、置き場所を分けるとよい
三日分のお水は、ひとり暮らしの方でも九リットル、ご夫婦なら十八リットルになります。二リットル入りのペットボトルでいうと、九本から十八本。これだけ並ぶと、ずいぶん大きな荷物に感じられるかもしれませんね。一度に揃えなくても大丈夫です。お買い物のたびに一本ずつ買い足していけば、ひと月もしないうちに、自然と揃ってまいります。
置き場所は、ひとつにまとめず、できれば二か所か三か所に分けて置きましょう。台所の床下収納、玄関の物置、お部屋の押し入れの下――家のなかが揺れたとき、ひとつの場所が崩れても、別の場所のお水と食べものが手に届けば、それで十分です。「ここに防災用品がある」と、ご家族みなさんが知っておくこともとても大切です。お一人暮らしの方は、ご近所の頼れる方や、ご家族にひと言伝えておくと、いざという時の助けにつながります。
食べものは、ふだんから食べ慣れたものを少し多めに買って、古いものから使い、また新しいものを足していく――この「ローリングストック」という考え方が、いまは推奨されています。専用の防災食を別に用意するのではなく、お米、お味噌汁の素、缶詰、レトルトのお粥、乾麺など、ふだんの台所にあるものを、少しだけ多めに持っておく。賞味期限が切れる前に食べてしまえばよいので、無駄もなく、家計にも優しい備え方です。
あかりと通信、いざという時の心の支え
夜の地震で停電になったとき、いちばん心細いのは「真っ暗な家のなかで動けない」ということです。懐中電灯はもちろん大切ですが、ひとつだけだと、置き場所を忘れて見つけられないこともあります。寝室の枕元、玄関、台所――家のなかの三か所に、それぞれ一本ずつ置いておくと、どこで停電に出会っても安心です。電池式のランタンが一台あれば、お部屋全体をやわらかく照らしてくれて、お顔も見えてほっとします。
情報を得る手段も、忘れずに整えておきたいところです。テレビが消えても、ラジオさえあれば、地域の情報が手に入ります。乾電池式のものを一台、できれば手回しで充電できるタイプを一台、用意しておくとよいでしょう。スマホは便利な道具ですが、停電が長引けば充電も切れてしまいます。予備のモバイルバッテリーを充電しておく、車に充電ケーブルを置いておく――そんな小さな備えが、いざという時のご家族との連絡を支えてくれます。
また、お薬を毎日お飲みの方は、最低でも一週間分は予備を持っておきましょう。お薬手帳のコピーや、保険証のコピーも、防災袋のなかに入れておくと、避難先での診察がぐっとスムーズになります。眼鏡を二本目お持ちの方は、予備のひとつを防災袋へ。「毎日の暮らしに必要なもの」を、少しずつ家のなかの安全な場所へ集めていく。それが、シニア世代の防災のいちばんの基本です。
「特別な日」をつくらず、毎日の暮らしに溶け込ませる
防災の備えは、一度しまい込んでしまうと、何年もそのままになりがちです。気がついたら、お水の賞味期限が三年も前に切れていた、懐中電灯の電池が液漏れしていた――そんなお話は、よくあることです。だからこそ、「特別な日のためのもの」と考えず、ふだんの暮らしに溶け込ませることが、長続きの秘訣になります。
おすすめは、季節の変わり目に「ちょっと点検する日」を決めておくことです。衣替えの日、お正月のお片付けの日、お盆のお墓参りの前。年に二度か三度、ものの数分でかまいません。「お水の賞味期限はいつまで?」「懐中電灯はつくかしら?」「お薬の予備は減っていない?」――そんなことを、ご家族とおしゃべりしながら確かめる。それだけで、家じゅうの備えがぐっと頼もしくなります。九月一日の防災の日、三月十一日――そういった、ニュースで話題になる日に合わせてもよいでしょう。
いっぺんに完璧を目指さなくてだいじょうぶです。今日はお水を二本買い足す、来週は乾電池をひと箱足す、お盆休みに懐中電灯の電池を入れ替える――そんな「ちょこちょこ続ける」やり方が、いちばん肌に合います。長年生きてこられたみなさんは、毎日の暮らしのなかで、自然と多くの備えを身につけてこられました。そこに「あと少しの安心」をそっと加えるつもりで、三日分の水と食べものから、はじめてみませんか。きっと、これからの毎日が、ほんの少しだけ穏やかに感じられるようになるはずです。何かが起きた時のためでもあり、何も起きなくても、ふと目に入る防災袋が「私はちゃんと備えている」というささやかな自信を、毎日の心に届けてくれる――そんな存在になっていきます。ご近所さんと「お互いに何を備えているか」を話してみる時間も、いざという時の助け合いの土台になります。ひとりで完結させず、ご家族や地域とゆるくつながりながら整えていく――それが、お年を重ねたあとの防災の、いちばんやさしいかたちなのかもしれません。お住まいの自治体が配っている防災のしおりを、玄関のすぐ手の届くところに置いておくのもおすすめです。ハザードマップで、ご自宅のまわりの避難所がどこか、ふだんから一度確かめておくだけで、いざという時にすっと足が動きます。「もしも」の日が来ないことを願いながら、そっと備える――それが私たちにできる、いちばんやさしい一歩なのです。きょうの帰り道、スーパーで二リットルのお水を一本、いつもの買い物カゴにそっと加えてみることから、はじめてみてくださいね。それが、五年後の安心へと、しずかにつながっていきます。